第二話:死の経験はもう十分
「魔獣の毒に効くポーションが、この方の所持品の中にあったのです。まずそれを飲ませました。背中の傷は、既に血は止まっています。汚れを洗い流し、確認したところ、傷はかなり深いものだったようです。ところが既に深部の傷は、塞がっていました。きっと回復薬のポーションをお飲みになったのでしょう。表面の傷には、薬草で作った塗り薬をつけました」
医者はそう言いながら、青年の手に包帯を巻いている。
右手の手の平に、切り傷があったという。
「ダークウッド連山からここまで来たなんて、大した体力です。見るからにまだ若いですし、お持ちの剣や装備から判断しても、騎士の中でも指揮官クラスの方なのでは? きっと一週間も休めば、元気になるでしょう」
◇
雪みたいな、白に近いサラサラの金髪の、とってもハンサムなお兄さん――ミルリアが言っていた青年は、確かに地面に倒れ、沢山の藁と落ち葉に埋もれていた。
最初は亡くなっている可能性も考え、心臓が止まりそうだった。
両親の死から始まり、流行り病もあり、多くの人々の死を経験している。
もうそれで十分だった。
青年には生きていて欲しいと思い、すぐに駆け寄り、呼吸を確認することになる。
「ハドソン、息をしているわ!」
マチルダと同年代のハドソンは、私にとっては父親代わり。彼はマチルダ同様、両親亡き後も、我が家に残ってくれた。
バトラーとして頑張ってくれているのは勿論のこと、領主の業務まで、彼がサポートしてくれているのだ。
ということで頼れるバトラーのハドソンと共に、青年の様子を確認しに来ていた。そして青年の生存を確認出来た時は、心から安堵することになる。
「騎士の方でしょうか。立派な剣がありますね」
ハドソンの言う通りで、青年は意識を失っているが、剣のグリップをしっかり握っている状態だった。藁と落ち葉をどかすと、矢筒と弓矢も身に着けていることが判明する。
間違いない。
黒のマント、銀糸による刺繍とルビーの宝飾品で飾られているダークグレーの軍服。対魔獣のために立ち上げられた、アルセン聖騎士団の騎士に違いない。
一週間ほど前に、王都から通達が来ていた。
春を前に、魔獣が冬眠から目覚め始める。
ゆえにまだ眠りについている今、討伐を行うと。
つまり寝込みを襲撃し、魔獣を掃討する作戦が決行されたわけだ。
きっとその作戦に参加した騎士なのだろう。
もし強盗や盗賊のような、ならず者なら。
地下にある牢にいれることも考えた。
ウィリス男爵は領主であり、領地で起きた揉め事を解決する必要もある。そのため屋敷の地下には、牢もあったのだ。
だがアルセン聖騎士団の騎士なら、問題ない。
ハドソンと二人、急ごしらえの担架……布を巻いた梯子に彼をのせ、客間へと運んだ。
丁度部屋に運んだところで、ギルが村で唯一の医者を、連れて来てくれた。
一旦、その場で診察を行う。至急の処置は必要ないと分かり、ベッドに寝かせる前に、血と汚れを落とすことになった。それが終わったら着替えをさせ、ベッドに寝かせるということで話がまとまる。
そこでバスルームへ連れて行き、マチルダは湯を沸かし、ハドソンと医者が二人がかりで青年の体を清めた。その間に着替えを用意し――。
亡き父親が使っていた寝間着を着た青年は、発見時より顔色もよくなり、ベッドで横たわっている。
医者の見立てから、自力でポーションを飲み、事なきを得ていることが分かった。
一週間も休めば、元気になる。
これを聞いて安堵した時、青年が目を開けた。
「わあ」とミルリアが感嘆の声を上げたが、私もうっかり声が出そうだった。
弟のギルも碧眼だが、この青年の瞳の碧さは、特別に思えた。
中心部は紺碧で、外側に向け、澄んだ空色にグラデーションしている。
それによく見ると、とても整った顔立ちをしていた。
きりっとした眉毛、鼻は高く、顔立ちはシャープ。
形のいい唇に、魔獣と戦っているとは思えない程、肌に透明感もある。
チラリと見えた裸の上半身は、よく鍛え上げられており、無駄を削ぎ落したような引き締まった体だった。いくつか傷痕も見えるが、それでも肌に艶がある。
服を着てしまえば、騎士というより、貴公子に見えた。
「……ここは……助けてくださったのですね、ありがとうございます」
少し高音の澄んだ声。
その姿が声に現れているかのように、美しい声音だった。
だが次の瞬間。
「ぐるる~きゅーっ」
これを聞いたギルが「お腹すいているんじゃないの、姉様」と指摘する。つまりこの美貌の騎士のお腹が鳴ったわけだ。
「……っ、大変失礼しました!」と騎士が詫びる。
「い、いえ。怪我もされていました。ポーションをお飲みになったようですが、回復にはご自身の体力も使ったはず。すぐに食事を……あ、揚げパンならすぐに出せます。召し上がりますか?」
尋ねると騎士は頬を赤くし「お願いします」とか細い声で答える。
私はマチルダと顔を見合わせ、すぐに揚げパンと温めたミルクを用意した。
結局、ダイニングルームで食べるようにと言ったのに。まだ揚げパンを食べていないギルとミルリアもこの客間で、パンを食べ始めた。
駆けつけてくれた医者もパンを口に運び、騎士から何があったのか、話を聞くことになった。






















































