第十九話:未来は自分次第
「……ご自身もまた男爵令嬢であることを、忘れていませんか。……誰かに甘えることを、忘れてしまったのではないですか? 自分ではまだ信頼に値しないのかもしれません。ですがここは信じていただきたいです。少しは頼ってください」
レイノルドのこの言葉に、全身から力が抜けそうになっていた。
だって。
あまりにもその通りのことを言い当てるから……。
ううん。違う。
きっとマチルダやハドソンも気付いている。
でも使用人という立場上、指摘できない。
その代わりで懸命にサポートしてくれていた。
誰かに甘える。
自分が長女だから、しっかりしなければならない――それはずっと思っていることだった。
前世でも長女。
転生しても長女。
長女も二度目となれば、長女であることは板についているわけで……。
両親が健在だった時でさえ、既に誰かに甘えることはなかったと思う。
覚醒せずとも前世の気質が出ていたのか。
……出ていたかもしれないわ。
覚醒する前なのに、ラーテルのことを思い出していたぐらいだ。
ハッキリと覚醒する前から、前世の私の性格は表出していたのだろう。
「失礼しました。急に手に触れてしまい」
そこでレイノルドが私の手を取ったままであることに、気が付くことになった。
ゆっくりとレイノルドが私の手を離そうとした時。
もっと握っていて欲しいと、感じていた。
レイノルドの手は、騎士とは思えない程、美しかった。
私と違い、ちゃんとケアをしているのだろう。
爪も割れていない。
冬なのに乾燥もしていない。
手の平に豆があるが、その程度。
指も細く、長く、メンズの手タレが出来そうだ。
そんなことを考えられるぐらい、先程の一言で、私のガードは緩んでいたと思う。
その結果。
「セドニック卿の言う通りです。私は……自分が長女であったことから、誰かに甘えるのではダメだと思い込んでいました。両親を亡くしてからは、私がしっかりしなきゃと、気負い過ぎてしまい……。誰かに甘えること。確かに忘れていました」
「でもそれは仕方のないことです。自分も既に両親が他界していますが、心の準備はできていました。亡き父親は、魔獣との戦闘は命懸けであることを、いつも口にしていました。自身に何かあった時は頼むと、物心ついた時から言われていましたので……。自然とその覚悟を身に着け、成長できました。母親は妹を出産後、亡くなりましたが、元々病弱だったので……。でもウィリス嬢は違います」
見上げると、レイノルドの紺碧と空色にグラデーションしている瞳と目が合う。
その瞳に感じる温かさに、胸が熱くなる。
「突然、ご両親が揃って事故死された。悲しむ暇もなく、葬儀を行われたと思います。母親代わりとして、領主としての日々が始まってしまった。しかもその後間もなく、流行り病も経験されている。がむしゃらで駆け抜けた三年間だったと思います」
レイノルドに私の人生を、余すことなく語ったわけではない。でも彼は共感力が高いのだろう。私の立場を鑑み、想像し、分かってくれていた。
そんな理解者に出会えたことに。感動で胸が熱くなる。
「……ですがこうやって王都に来て、生活環境が変わるのは、良い機会ではないでしょうか。今からでも遅くありません。ギル令息とミルリア嬢を大切にしつつ、ご自身にも愛情を注いでください」
そう言うとレイノルドは、棚に置かれている手の平サイズのブリキ缶を手に取り、私に渡してくれた。
蓋にはカラフルな花々が浮き彫りにされている。
「これは自分も使っているハーブを配合したクリームです。手だけではなく、全身に使えます。といってもこれはこの量なので、ハンドクリームとしてお使いいただくといいでしょう。毎日ちゃんとケアすれば、この手もきっと元の健康な状態を取り戻します」
時には薪割りをして、皿洗いも洗濯もして。それなのに何もしていない私の手は、ガサガサでひび割れ、あかぎれもあり、ボロボロだった。髪だけは艶々で、でもドレスも手と同様でボロボロ。そんな私が男爵令嬢らしくなれるチャンスを、レイノルドは与えてくれたのだ。
ここはせっかくの厚意に存分に甘え、ちゃんと素敵な令嬢になろう。
代筆業が上手く行ったら、御礼だってできる。
「良かったです。ようやく笑顔になりましたね」
「!」
「大丈夫ですよ、ウィリス嬢。今からでも問題ないです」
レイノルドとの出会いは偶然。
こんな未来を期待し、助けたわけではなかった。
単純に、救える命を助けたい。
その一心だった。
髪なんてどうせすぐ伸びる。むしろ短くて楽と思っていたけれど……。
レイノルドはとても強い恩義を感じ、私がしたこと以上に援助してくれている。
今は甘えることしかできない。
だがこれからの未来は、自分次第で変えることが出来るのだ。
彼の心意気に応え、この厚意への恩返しをちゃんとしたい――。
そう強く決意することになった。














