第二十四話:絶景
リンドローグ鉱山までは汽車を乗り継ぎ、馬車での移動となる。
王都を出発し、まずは汽車でロメロの街を目指す。
ロメロは工業で発展している街で、汽車の車体を作る工場、レールを作る工場ほか、騎士団の武具や武器を作る鍛冶場なども多く、アルセン聖騎士団のロメロ支部もあった。
ロメロは大きな街なので、魔獣の出没はほぼない。
騎士団の支部があるのも、武器や武具の拠点としてだった。
そして今回、この支部の騎士団宿舎で一泊し、翌朝の汽車でリンドローグ鉱山近くの駅まで向かうことになったのだ。
すると!
この支部まで同行者ができた。
彼の名はパーン・シュワルツ。
私の代筆業の記念すべき一人目のお客様であるのと同時に! この春、レイノルドと私より一足先に、幼なじみのポーネリアン子爵令嬢と婚約をしていた。
そう。
あのセイントベルの花を見ようという手紙をきっかけに、二人は婚約へ至っていたのだ!
「ウィリス伯爵令嬢が僕らのキューピットですよ! 本当にありがとうございます」
汽車の中では自身の婚約者ポーネリアンについて、熱く語ったパーン。彼はアルセン聖騎士団で事務方を担当しており、今回、ロメロ支部の内部監査のため、一か月ほどこの地に滞在するという。
「公平性を保つため、ロメロ支部に肩入れしないよう、国内の様々な支部から人が集まり、監査をするんですよ。武器や武具を扱うロメロ支部は、大きな金額が動くので、年に一度。この時期に監査を行うんです。冬眠明け前の魔獣討伐を経て、とりこぼしを殲滅する4月と5月を経た6月から7月。この時期は騎士団も落ち着きますからね。丸々一か月。ロメロ支部に缶詰めなんですよ。ポーネリアンに会えなくて寂しいです……」
そうぼやくパーンへのアドバイスはこの一択!
「そういう時こそ、手紙ですよ。ですが何時に起きて、朝食を食べて、缶詰になって……と日記のような手紙にならないよう、ご注意くださいね。素直な気持ちを綴ってください。会いたい、顔を見たい、そんな言葉でも問題ありません!」
恋愛中の男女の手紙は、第三者から見ると盛り上がる……恥ずかしいことが多い。つまり感情を赤裸々に出した手紙のやりとりをしがち。ゆえにパーンも、あの開花報告のような手紙はさすがに書かないと思うが、念のためで伝えたところ……。
「実は僕、偉大なる先人のポエムにハマりまして。もっぱらポエムを引用しているので、日記にはならないです。ただ、ポーネリアンは『読む度に爆笑している。でも嫌いじゃない』って。褒められているのか、けなされているのか」
「それは愛されているんですよ!」
私は即答。パーンは「えええっ!」と真っ赤になる。
そんなパーンと共にロメロ支部へ到着。
するとその出迎えは大変なことになっている。
騎士達からすると、マトリアークとキングを倒したレイノルドは、まさに英雄なのだ。
支部のレンガ造りの建物の前に馬車が止まると……。
窓から旗を振る人、エントランスには多くの事務方職員が詰めかけ、迎えてくれた。
「ようこそ、ロメロ支部へ!」
丁度、ティータイム時間の到着だったので、支部長や上級事務官と、ロメロの街で名物の歯車クッキーを楽しんだ。
「工業の街ですからね。これという観光スポットはないのですが、鉄道博物館があるので、ご覧になっては?」
支部長に提案され、レイノルドと二人で鉄道博物館を見学。
国中の鉄道網を再現したジオラマや実物大客室を再現したコーナーなどを楽しんだ。そして夜は支部の騎士達と食堂で乾杯=宴会。
用意された支部の宿舎の騎士用の一人部屋で休み、翌朝、再び汽車に乗り込んだ。
今回の視察には、レイノルドと彼の従者、私と侍女、そして商会の職員1人と護衛が1人同行していた。
よって一等客室の6人掛けのコンパートメントで、移動は再開となる。
「昼食の時間が終わった頃、リンドローグ平原に入るそうです。そこからの1時間程は、窓から絶景が見えると、ジョルジュが言っていました」
「そうなのですね。何が見えるのかしら……?」
レイノルドは「見てのお楽しみですね」と微笑む。
食堂車で美味しいミートボールのランチをいただき、席に戻り、珈琲を飲んで寛いでいると……。
確かに窓から絶景が見えてきた。
「エレナ、見てください。見渡す限りの麦畑です……!」
「本当ですね! 青々とした麦畑が、地平線まで続いているように見えます」
「ええ。ポツン、ポツンと建物も見えますが、それは遥か遠く。鉄道を囲むかのように一面麦畑です!」
こうなると、廊下から見える景色も麦畑なのか。
気になってしまう。
「確認してみましょう、エレナ」
レイノルドと共に廊下に出ると……。
窓からは青空の下に延々と広がる麦畑が見えていた。
「さすが穀倉地帯と言われているだけありますね。リンドローグ平原の半分は陛下が所有し、残り半分は宰相でもあるサイレンジン公爵が所有しています。これを見ると公爵の力を実感しますよね」
「そうですね。まさに老獪ですが、この麦畑を生み出すのは、悪知恵だけでは無理な話。基本は領民からも尊敬されている人物なのでしょうね」
レイノルドと私の婚約を聞いた時。
サイレンジン公爵は、さぞかし悔しい思いをしただろう……と思うものの。
彼とて暇な人間ではない。
折しも大規模な事業として、ダークウッド連山での鉄道開通事業も春を迎えてスタートしている。さらに国政を担う一人。そして娘のサイレンジン公爵令嬢は、帝国の第二皇子といい感じなのだ。その第二皇子は帝国では名誉騎士団長も兼任しているという。さらに第二皇子は、名誉騎士団長ではあるが、ちゃんと武術には秀でているらしく……。
サイレンジン公爵は「孫だ。孫の代で優秀な政治家と騎士を輩出できればいい」とでも既に頭を切り替えているのかもしれない。レイノルドと私に干渉することもなくなっていた。
「そういえば車内限定で、この絶景麦畑を描いた絵葉書が販売されているそうです。ミルリア嬢とギル令息にその絵葉書を送りませんか?」
「! そうなのですね。ぜひ送りたいです!」
「ええ、では売店へ行きましょう」
優しく微笑むレイノルドが私に手を差し出す。
幸せを噛み締めながら、その手に自分の手をのせた。






















































