第十一話:領主様
「では最後にセドニック卿、サインを」
代筆が終わり、書き上げた手紙を手に、レイノルドが横になっているベッドへ向かう。レイノルドはそこで改めて上体を起こした。
やはり毒牙を受けた体。
解毒が行われている最中で、体は休息を求めているのだろう。
「これは……なんて綺麗な文字。まるでカリグラフィーの文字のようですね」
「そんな」
「お世辞ではなく、本当に美しいです。これを受け取った団長は感動し、額縁に飾るかもしれません」
レイノルドに絶賛され、私は嬉しくなってしまう。
文字を書くことは、昔から好きだった。
私の字を見て、両親もマチルダやハドソンも褒めてくれる。
嬉しくてさらに字を綺麗に書くようにした結果……。
「これだけ美しい文字でありながら、スピーディーに書けるなんて。一種の才能だと思います」
自身のサインを終えると、自分の文字を私に見せた。
その上で、いかに私の字が美しいかを、レイノルドは熱く語る。
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」
私は封筒に手紙を入れ、蝋をたらす。
レイノルドはつけているシグネットリングを外し、蝋に押し当てる。
これで封蝋も完成、蝋が乾いたら配達可能だ。
「この手紙はちゃんと配達してもらうようにするので、セドニック卿は休んでください。夕食の時間に起こすので、そこでまた丸薬を用意します」
私の言葉にレイノルドは素直に従い、ベッドに身を横たえる。
そして長い睫毛が伸びる瞼を閉じると――。
もう寝息を立てている。
怖いもの知らずのラーテルも、コブラに噛まれたら寝て解毒するというから、レイノルドも同じね。
そんなことを思いながら、窓の外を見る。
日没までまだ少し時間があった。
村には雑貨屋と兼任の郵便局がある。
朝は十時から開いているが、日中、私はギルとミルリアの勉強を見ていた。
そうなると郵便局に行くには……。
郵便局は十七時まで開いている。
今から行けば間に合うわ。
私はマチルダに夕食の用意を任せ、ハドソンにギルとミルリアの面倒を頼み、郵便局へ向かうことにした。
◇
夕暮れに近いこの時間は、村が一番賑わう時間でもある。
煙突からは、夕餉の支度の煙がのぼり、子供たちは家へ向かい駆け出す。
仕事を終えた大人は、家路へ急ぐ。
外食する若者が居酒屋へ向かい動き出す。
商店は店終い前に叩き売り。
「あ、領主様、こんばんは!」
「領主様、今日もお疲れ様です」
「こんばんは、領主様」
道行く人も声を掛けてくれる。
両親が亡くなり、男爵位を継いだ直後は「女が領主で大丈夫か」と、領民を不安にさせてしまった。だが流行り病が猛威を振るった時。
両親を病で失った子供たちを保護し、流行り病の薬は無償で配布と、可能な限りの対処をした。そのせいでウィリス男爵家の財産はぐっと減ることになったが、救われた命も多かった。他の領地では、両親を病で失った子供が路頭で餓死する例が頻出していた。それもあり、私への領民の評価は変わったのだ。
「女性の領主だからこそ、できる気配り」
「領主様が女性だからこそ、子供たちに目を向けてもらえ、助かりました」
「領主様、女だからとバカにしてすまなかったです」
そんな声を掛けられ、今となっては領民が私の家族になった。
領民一人一人の顔と名前を憶えられたのは、人数が少ないからこそ。
貧しいがアットホームで温かい。
「領主様、どうされましたか?」
郵便局に顔を出すと、顔なじみの職員が、すぐに声を掛けてくれる。
「この手紙をバームへ可能な限り早く届けて欲しいの」
「承知しました、領主様! 早馬を出しますか?」
早馬を出す。
そうだ、そうするべきだ。
郵便料金はぐっと上がる。
でもここは支払うべきだろう。
実は「郵便代はここから出してください」と、レイノルドの財布を預かっていた。念のためで持参しているが、使うつもりはなかった。
ということで端切れ布で作った巾着をぎゅっと握りしめる。
ポーションで大金を使うこともなかったのだ。
早馬のお金を出そう。
「領主様、実は花屋のリサが懐妊したんですよ。リサの両親はバームに住んでいます。喜んだジョンが奮発し、早馬を出すことにしたんですよ。一緒に運ばせますから、早馬の料金は不要です」
領主だけど貧乏であることは、既に領民にバレている。
ゆえにこんな気遣いをしてもらえるのだ。
「ありがとう。それは助かるわ。そう、リサが懐妊したのね。では浮いたこのお金で、リサに祝福のカードを送ってもらえる?」
「勿論ですよ」
早馬の料金に比べたら、お祝いのカードなど安いもの。
それでも大切なのは、値段ではなく、気持ち。
ということでその場でカードにメッセージを書き、レイノルドの手紙を渡し、郵便局を出た。
「あ、領主様、こんばんは!」
「こんばんは。ジョセフさん」
「領主様。隣の家のマコノヒー爺さんが、腰をやられたらしく。よかったら顔を見せてやってもらえませんか。爺さん、領主様のファンだから喜びます」
「それは大変ね。教えてくれてありがとう、ジョセフさん」
パン屋に寄ると「もう店閉めるから、これ、持って行ってください、領主様」と売れ残りの黒パンを貰えた。沢山あるのでいくつかは、マコノヒーおじさんのお見舞いにしよう。
紙袋に入ったパンを抱きしめ、マコノヒーお爺さんの家へ向かう。
お爺さんの家は、裏通りの少し寂しい場所にある。しかし余所者以外、領主である私に悪さをしようとする者は、いなかった。それに私は少しだけ、剣術を習っていたので、そう簡単に悪党にやられるつもりもない。今も腰には、女性用に特注で作ってもらった剣を帯びている。
ということで建物が入り組み、夕陽も差し込まず、暗い路地を進んでいるが。
私は怖いとは思っていなかった。
だが。
いきなり背中を猛烈な強さで押される……というより、突き飛ばされた。
……突き飛ばされるなんてものではない。
吹き飛ばされた私は――。
紙袋の中からいくつものパンが飛び出し、宙を舞う。
そして地面に転がりそうになる直前、私を睨むようにしている、憎悪に燃えた赤い瞳と目が合った。
カリグラフィー:芸術性のある装飾文字で、線の太さや曲線で美しい文字を表現
ラーテル:ライオンの牙や爪さえ通さない厚い皮膚を持ち、コブラの猛毒からも数時間で回復する、最強生物






















































