第八話:なぜそんなにのんびり、おっとり
「セドニック副団長。厚かましいお願いをしてもいいでしょうか」
「ええ、何なりとお申し付けください!」
「飲み物を……シャンパンを頂きたいです。公演記念シャンパンを」
この公演記念のために、十年物のアンティークシャンパンが用意されていた。
貴族はこういう触れ込みに弱く、売り場には多くの紳士と令息が群がっている。
そう。
こういう時。
飲み物を買いに走るのは前世でもこの世界でも。
男性だった。
だからこそ手の空いているマダムや令嬢は、ゴシップの種探しで会場に目を光らせている。
それはさておき、私に頼まれたレイノルドは「そうですね! 気づかず、失礼しました。勿論、手に入れます。お待ちください!」とキリッとした表情で売り場へと、足早に歩いて行く。
その後ろ姿に「ごめんなさい」と手を合わせ、すぐにサイレンジン公爵令嬢のところへ向かった。
「まあ、ウィリス嬢! あなたと『アルストロメリア』の会場で会うなんて。驚いたわ……。エスコートは……」
そこでサイレンジン公爵令嬢は口元の扇子をピシャリと閉じて、飲み物を販売するエリアへ向ける。
「セドニック副団長。なるほど。純愛を超えると、その先にあるのは狂愛。狂おしい程、あなたを愛しています――とアピールするのかしら?」
サイレンジン公爵令嬢は何を言っているの?
そう思いつつ、私は今の困った事態を訴える。
つまり私とレイノルドが一緒にいることで、間違った噂が立ってしまうかもしれないこと。だからもしそんな噂を聞いたら否定して欲しいと。
さらに噂になっても構わないと言い出したレイノルドは、私を隠れ蓑にしたいのではないかと持論を話すと……。
「驚いたわ。いまだにその件、白黒つけていないの? てっきり水面下ではその準備が進んでいるのかと思ったのに。なんというか、二人して牛なの? なぜそんなにのんびり、おっとりしているのかしら?」
「え……?」
ぽかんとする私にサイレンジン公爵令嬢は、折り畳んだ扇子を顎に当て、何やら考え、ニヤリと笑う。
「噂をいくら私が否定しても、事実を前に、それは無駄なことよ」
「どういうことですか!?」
「だってウィリス嬢。あなたはセドニック副団長の屋敷に滞在しているのでしょう。弟や妹が一緒であろうと、関係ないわ。社交界が気にするのはあなたとセドニック副団長なのだから。その事実があるのに『私達は疑われるような仲ではありません』と言われても……信じないわよね、誰も」
そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。
「没落貴族同然だったのは過去のこと。今は伯爵位を賜り、相応の金銭も手に入ったはずよ。王都だから、豪邸は無理よね。無理ではないけれど、そうなるとせっかく手に入ったお金の多くを使うことになる。弟や妹のことを思うと、ある程度の蓄えを残しておきたいわよね。三人で贅沢をそこまでせずに暮らせるようなタウンハウス。サイレンジン公爵家で手配できるけれど」
「え……、それはつまり……」
「セドニック副団長の屋敷を出て、自身のタウンハウスを持つのよ。伯爵家の序列で、ウィリス嬢は上位に入るのよ。タウンハウスぐらい持っていて当然のこと。勿論、あえてタウンハウスを持たず、王都でのホテル滞在を楽しむ貴族もいるわ。でもそれこそ贅沢よね。小ぶりのタウンハウスを持つ方が節約よ、ウィリス伯爵」
サイレンジン公爵令嬢にこれを指摘された時。
「なるほど」と思うのと同時に。
新しい日常の舞台である、レイノルドの屋敷を出ることを猛烈に寂しく感じる。
だが。
確かに小ぶりのタウンハウスぐらいなら手にいれられると思う。それにそもそもおんぶにだっこでレイノルドに甘えるのはよくないと思っていたのだ。
いろいろあり、いつの間にか彼の厚意を受け入れ、あの屋敷を我が家のように思ってしまったが……。
「近いうちにいくつかの物件を紹介してあげますわ。貴族の入れ替わり立ち替わりは、末端では頻繁に起きているの。それこそ王都にいて没落貴族になる人もいるのよ。空き家になっているタウンハウス、意外と多いの」
「そうですか。では紹介いただく物件を見て、考えます」
「ええ。そうなさるといいわ。弟や妹も、屋敷一つが自分達のものになると分かったら、セドニック副団長の屋敷を出る悲しさより、喜びが勝るわよ。大丈夫」
そうだろうか。ミルリアもギルも。
レイノルドのことが大好きなのだ。
屋敷を出ると話したら……。
そこで気が付く。
レイノルドから離れないで済む理由を、見つけ出そうとしていると。
彼の幸せを願うなら、そんな理由を見つけてはいけないのに!
「サイレンジン公爵令嬢、お待たせいたしました」
「ありがとう、ディオン」
サイレンジン公爵令嬢に公演記念シャンパンを差し出した青年は、かなりの長身で日焼けしたようなこんがりとした肌をしている。首にはタトゥーも見えた。
「非公式でアルセン王国に滞在中の、カーラン帝国の第二皇子よ」
サイレンジン公爵令嬢はそう言って私にウィンクをすると、その第二皇子の腕に自身の腕を絡めた。
美男美女の大人っぽい二人で、共に存在感がある。
「ウィリス嬢、お待たせいたしました!」
爽やかさを具現化したようなレイノルドが、碧眼とプラチナブロンドをキラキラさせ、私にグラスを差し出した。
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『陛下は悪役令嬢をご所望です』
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こちら本編ハピエンで完結です!
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