第十話:尊敬しています
愛馬マルグリットに乗った私は、全速力で屋敷へと戻った。そしてベッドに横たわるレイノルドに、丸薬を飲ませた。
その後はもう怒涛の忙しさ。
私が朝から屋敷をあけていることを心配したギルとミルリアを宥め、朝食を摂らせる。その後はマチルダと手分けして、洗濯物と食事の後片付け。その間ハドソンは、ギルとミルリアにダンスのレッスン。
その後、ハドソンと交代し、ギルとミルリアに勉強を私が教え、マチルダは掃除を開始。ハドソンは領主宛に届いた様々な書類を整頓しつつ、レイノルドの様子を見てくれる。丸薬を飲んだレイノルドは爆睡。朝食を摂っていないが、今は食べるより、眠る必要があるのだろう。
あっという間にティータイムの時間が近づき、マチルダが揚げパンを作り始める。
ギルとミルリアがティータイムの準備を手伝う間、私はハドソンが仕分けしてくれた書類に目を通し、サインをしたり、返信をしたり。領主としての執務をこなす。
「エレナお嬢様、セドニック卿が目覚めました!」
ハドソンの知らせに客間へ向かおうとすると、ギルとミルリアがついて来ようとする。
今回は即効性のあるポーションを飲んでいないので、前回のようにはいかないだろう。
つまり元気なギルとミルリアの対応を、レイノルドができない可能性がある。ここはハドソンに二人を任せ、私一人で客間へ向かった。
「失礼します」とノックして部屋に入ると、予想通り。レイノルドはあの美しい瞳を開けているが、横になったままだった。
「ウィリス嬢。またあなたに助けていただくことになりましたね。重ねてありがとうございます」
「そこはお気になさらないでください。セドニック卿は人命のために、身を挺して戦われているのです。無事にマトリアークを倒すことでき、本当に良かったです」
「……体が急に楽になりました。ポーションはもうなかったはずです」
そこで私は魔術師ウォーレンのことを話すことになった。
「まさかとは思いますが、髪が短くなっていることと、ポーションを手入れたことが、関連していますか? 魔術師は動物の骨や毛、人毛を用いると聞いたことがあります」
「ええっと、髪は……その、気分転換で切っただけです」
咄嗟に聞かれ、上手い言い訳が浮かばない。
「そんなはずはありません! 嘘はつかないでください。本当のことを教えていただきたいです!」
真摯な瞳に問われると、嘘はつけない。髪と引き換えに丸薬を手に入れたことを話すことになった。
すると……。
「な……ウィリス嬢、なんてことを! 貴族令嬢にとって髪は、その地位と美しさを象徴する、とても大切なもの。その髪を差し出すなんて」
レイノルドは上半身を起こし、私の腕を掴み、ふわりと自身の方へと引き寄せる。
髪はポニーテールにしていたのだけど、彼の手はそっと毛先に触れると……。
「髪を要求するとは……その魔術師、自分が」「待ってください!」
そこで私は慌ててウォーレンを擁護し、ここまで切ってもらったのは、私の指示であること。髪を切ることでお金も浮き、領民全員が助かる量の丸薬が手に入ったのだから問題ないと、説明することになった。
「ウィリス嬢、どうしてそんな風に考えることが出来るのですか……まるで聖母のようです」
レイノルドが眩しそうに私を見るので、なんだか照れ臭くなってしまう。
「そんな……領主として当然のことをしたまでです。それにセドニック卿もこれで助かります。あ、お腹は空いていませんか。昨日と同じ揚げパンになりますが、今すぐ焼き立てを出すことができます」
「ありがとうございます。いただきます」
こうして昨日と同じで揚げパンを出すが、奮発してバターを一緒に出した。ミルクにはたっぷりの蜂蜜を加えてある。レイノルドは喜んで揚げパンを食べると……。
「ウィリス嬢から受けた献身を、自分は一生忘れることはありません。その一点の曇りのない決意と生き様に、強い感銘も受けました。同じ領主として、尊敬しています」
「そんな……でもセドニック卿のような方にそう言っていただけると嬉しいです。マトリアークを倒したということは、この国の英雄ですから……あ、騎士団に連絡をとらなくて大丈夫ですか?」
「実はその件、お願いをしようと思っていました」
レイノルドは揚げパンとミルクを綺麗に食べ、レストルームへ行った後。
すぐにベッドへ横になった。
解毒のポーションを飲んだとはいえ、毒牙にかかってから時間が経っていたので、毒はある程度体を巡ってしまったのだろう。前回のように、すぐには元気になれない。
ベッドで横たわったまま、レイノルドは話し始める。
「団長に自分の無事と、マトリアークの殲滅を知らせたいのです。討伐のためにブラックウッド連山に向かったのは、アルセン聖騎士団の全員というわけではありません。麓のバームという町に、団長他数名が、本部として待機しているのです。そこへ手紙を届けて欲しいのですが」
「お任せください。その手紙は……」
「お恥ずかしい話ですが、今の自分はこれが精いっぱいで、手紙を書く体力が残っていません。代筆をお願いしたいのですが……」
羽根ペンを使い文字を書くこと。実は神経を使うし、地味に時間がかかる。今のように毒が抜けていない体のレイノルドが集中し、手紙を書くことは、辛いだろう。
「勿論です。私が代筆しましょう」
こうしてベッドで休むレイノルドが話したことを、私が代筆し、騎士団への手紙を用意することになった。






















































