第一話:始まり
「姉様、もうすぐティータイム」
キャラメルブラウンに碧い瞳の弟のギルが、辞書をパタンと閉じた。
現在、十五歳。
春からは学校に入学となるが、その年齢よりずっと落ち着きもあり、ギルはとてもしっかりしている。
一方の現在二十歳、キャラメルブロンドに蜂蜜色の瞳の私は「えっ、もうそんな時間!?」と居間に置かれた大きな古時計を見る。
我が家の厳しい食事情により、貴族令嬢とは思えない程、私は痩せていた。ゆえにだいぶ生地がくたびれたオールドローズ色のドレスの胸元辺りが寂し気なのは……仕方ない。
それはさておき。
確かにもうすぐ15時だ。
我がウィリス男爵家に、家庭教師を雇う財力はない。
両親は三年前に、馬車の事故で二人して亡くなっている。
長女である私、エレナ・ウィリスが一応爵位を継承した。だが、元々裕福な貴族ではなかった。領地も、なんとかジャガイモが収穫できるが、土地は非常に痩せている。しかも魔獣の巣窟と呼ばれる、万年雪で覆われたダークウッド連山の近く。さらに流行り病もあり、現在領民の数も、二桁どまり。
つまり、大変貧乏!
よって女学校をかろうじて卒業できた私が、家庭教師代わりで弟の勉強を見ていたのだけど。
一日二食、朝と夜しか食事がない我が家で、ティータイムはとても重要。
特に弟と妹は、まだ育ち盛りでお腹が空きやすい。
私は多少痩せていても、二人にはなるべくひもじい思いはさせたくなかった。
そこで十五時のティータイムは、朝食や夕食でも食べられない、ライ麦で作った揚げパンを食べさせている。蜂蜜や、時に奮発してバターをのせたこの揚げパンは、弟と妹のお気に入り。
我が家の主食が白パンだったのは過去の話。今はジャガイモだ。毎日、朝と夜に食べるジャガイモには「飽きた。白い焼き立てのパンが食べたい」と弟と妹は言うこともあるが、この揚げパンに文句をつけることはない。
ということで、我が家にいる唯一のメイドであるマチルダの名を呼ぼうとすると――。
「お姉様~、おやつー!」
勢いよく扉が開けられ、枯れ葉を頭に載せた、妹のミルリアが居間に駆け込んでくる。
ブロンドにアーモンド色の瞳。
外に出ていたので、頬がバラ色に染まったミルリアは、アプリコット色のコートにも、落ち葉をつけている。その状態でトコトコと私のところへ小走りでやってくれると、こんな報告をしてくれた。
「お姉様! ちゃんとジャガイモ、掘り起こして来たよ。これで明日も明後日も、ジャガイモは大丈夫!」
ミルリアは現在八歳。
午前中は弟のギルと一緒に勉強をしたり、マナーや礼儀作法を学んでいるが、午後は自由時間。
といっても我が家はメイドが一人しかいないので、家事も自分達でする必要がある。
ミルリアは、屋敷の中でお人形さん遊びをする年齢だった。
だがその人形も、私のお古しかない。
何度も遊んでいるうちに既にそれはボロボロ。
そこで「外で遊んでくる!」と、貯蔵のために土に埋めているジャガイモを、掘り起こしてくれたのだ。
冬の間、ジャガイモの保管場所は土の中だった。
本来ジャガイモ掘り起こすなんて、メイドにお願いすること。でもミルリアは、ジャガイモを掘り起こすことを、遊びと考えてくれていた。そして三日に一度、嬉々としてジャガイモを掘り起こしてくれるのだ。
ウィリス男爵家の屋敷に、美しい薔薇が咲く庭園があったのは、昔のこと。
今は庭園ではなく、菜園になっており、そこでジャガイモを春になると栽培していた。
菜園に加え、家畜小屋もあり、正直平民の家のようになっているが……。
それも仕方ないこと。
着飾るより、生きて行くことが重要だった。
それでも思ってしまう。
我が家が貧乏であることで、妹や弟に苦労をかけ、申し訳ないわ……と。
「ミルリアお嬢様、まずは手を洗いましょう!」
ブルネットに黒い瞳のマチルダが、白のエプロンに黒のワンピース姿で、忙しそうに居間に入ってくる。そしてミルリアを抱っこしようとしたが、私はそれを止め、揚げパンの用意をお願いする。
「かしこまりました、エレナお嬢様。あ、あと洗濯物は取り込んであります」
「ありがとう、マチルダ、助かるわ!」
マチルダは私にとって、母親のような存在。
たった一人のメイドとして、衣食住にまつわるあらゆることに対応してくれる。
住み込みでこの屋敷で働き、二十年以上経つ。
両親を亡くした今も、少ない賃金に文句を言わず、ウィリス男爵家に仕え続けてくれていることには……感謝の気持ちしかない!
「マチルダ、僕も揚げパンの用意を手伝うよ」
「まあ、ギル坊ちゃま、ありがとうございます」
こうしてマチルダとギルが厨房へ向かい、私はミルリアと手をつなぎ、バスルームへ向かう。
すると廊下をてくてく歩くミルリアが、驚きの話を始めた。
「お姉様、聞いて。雪みたいな、白に近いサラサラの金髪の、とってもハンサムなお兄さんが、ジャガイモの貯蔵庫の近くで寝ていたの。黒いマントをつけているけど、穴が開いていて、そこは湿ってドス黒い色をしているのよ。鉄みたいな匂いもしているの。なんでそんなところで寝ているのかしら?と思ったけど、今は冬で寒いでしょう。だから沢山、藁と落ち葉をかけてあげたの!」
それを聞いた私は、目を丸くすることになる。
ジャガイモの貯蔵庫の近くで寝ていた……それはジャガイモを埋めている地面の近くに倒れていたということ。
しかも鉄みたいない匂い。
マントに穴が開き、湿ったようにドス黒い……出血している、つまり怪我をして、倒れているのでは!?
「た、大変!」と叫んだ私は、この屋敷の唯一の大人の男手である、執事のハドソンの名を呼んだ。
お読みいただきありがとうございます!
完結まで執筆済。
最後まで、物語をお楽しみくださいませ☆彡
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