第二話
「転生したら、何もかも救われるのか?―異世界で手に入れたスキルは〈転生〉だった―」
第二話、どうぞ。
目が覚めると、視界には雲一つない空が広がっていた。
普く降り注ぐ温かい陽光。
活き活きと茂る、深緑の木々。その表面には露がついており、陽の光を受け止め虹 色の光を放っている。
サアァァァと、心地よい風がひとすじ吹いた。
背中に柔らかい芝生の感触を感じながら、深いまどろみの中へと落ちそうになったところ――。
ピュォォロロロォォォォ。
鷹にも鳶にも似つかない、甲高い鳥の鳴き声が響いた。
俺の安眠を邪魔しようとする不届き者はどこのどいつなり! と場違いな怒りを抱きながらあたりを見渡す。
ぐるりと首を回して、ちょうど真上を向いたとき。
なんだか大きな物体が、空を飛翔していた。
「は……なんだ、あれ…………?」
そいつは鳥? のようなフォルムをしていた。
人間よりも一回り大きい体で、それを覆うのは薄緑の表皮。
胴体の真ん中辺りからは、これまた巨大な翼が生えている。
一対の翼は、ぶおんぶおんと空気を掻いている。
頭には、黒々とした二本の角。口からは長い牙が生えているのが見える。
その見た目はシソチョウ――と言うより「龍」のそれに違いなかった。
なんだ、龍か……。ただの龍じゃないか…………。
「――――りゅ、りゅりゅ龍ぅぅ!?」
そこでようやく脳が覚醒する。
いやあれはどう考えたって龍だ。おいなんだここは俗に言う異世界か!? それとも天国、いや地獄か!?
というかなんであいつはさっきから俺を見つめてるんだ? まさか俺を食う気か、待てよだれ垂れてる!!
パニックに陥りながら、ずりずりと両手で後ろに下がる。
そして、次に起きたことでいよいよ俺の思考が停止したのだった。
「おーい、どうしたんですかー?」
「ぎっ……」
口から奇妙な声を出しながら、力が抜けて後ろに倒れ込んでしまった。
耳元で聞こえた声の主を見ることなく、俺の視界は暗転した。
◆ ◆ ◆
あぁ、なんだか落ち着く。
風にそよぐ木々と追いかけ合う鳥のつがいが見える。
頭のあたりがふかふかで柔らかく、こうしていると深い眠りについて目を覚ませなさそうだ……。
と思っていたら、突然にゅっと、誰かが俺を覗いてきた。
「あ、目ぇ覚めた!」
その顔との距離、わずか十センチメートル。
「どわっ!!」
ほぼ反射的に体を起こそうとしたが、そうしたら顔面同士が正面衝突してしまう――と謎の心配をしながら、俺は目を瞬いた。
俺の顔を覗いているのは、どうやら少女らしかった。
俺が目を見つめていると少女は、ん? 小首をかしげ微笑んだ。
その仕草はまるで生まれたての小鳥のようで、俺はしばらく硬直していた。
そのまま五秒ぐらい見つめていると、こうしちゃいられない、とようやくまともな思考に戻った。
仰向けのまま辺りを見回す。
芝生と木の根っこがある。いま俺がいるのは、森の中のようだった。
俺は寝転がっていて、地面は芝生で柔らかい。
そして眼の前には可憐な少女がおり、俺の頭は何かに優しく包まれている……。
この状況で考えられるのはただ一つ。
――ようやく理解した。
俺の頭は、おそらくこの少女の両膝の上――俗に言う〈膝枕〉の状態にある。
ううむ、いやはや、はてさて……どうしたものか。
眼前には、微笑をたたえた健気な少女の顔がある。
この状態で起き上がる勇気も、そのまま寝続ける胆力も俺は持ち合わせていなかった。
何もできず目を右往左往させていると、気づけばこんなことを口にしていた。
「……あ、あのー……、いつまでこの状態でいるつもりなんでしょうか……?」
「え? ……あ、あぁ、ごめんなさい!」
そう言って彼女は、俺を覗き込んでいた顔をバッと上げ、頭を撫でていた両手を離した。
案外、悪い気はしなかったのだけど。
むくっと体を起こしあぐらをかいて、正座の彼女と向き直る。
そのとき俺は、遅ればせながら衝撃の事実に気づいた。
俺の前にいる少女は、上下一つになった薄紫のワンピースを着ていた。
だが単調な代物ではなく、そこにはたくさんの白いフリルとボタンが付いており、胸には青色の大きなリボン。
おまけに頭にはカチューシャだ。
唖然と口をぱくぱくしてしまうほどに、そしてここが〈現実〉であることを疑うほどに、可愛らしい姿だった。
似たような服、というより同じ種類の服を、俺も二次元で見たことがある。
それを身に着けているのは決まって女性で、豪奢な西洋の邸宅で家事をしたり紅茶を出したり、主人の世話をしたりするアレ。
そう、眼の前の少女は、誰がどう見ても――――
……メイド、だった。
「は……め、めめめ、めいど…………?」
「あ、はい! わたし、リューア・フィゼルと申します! すぐそこの館でメイドをさせていただいております! その、ご挨拶が遅くなってしまってすみませんっ!」
「え、あ……はあ」
慌ただしくリューアと名乗った少女が、正座の状態から勢いよく立ち上がる。スカートの両端をつまみ上げて、メイド式(実際に見たことはない)の礼をした。
メイドだという少女あらためリューアは、その話し方から感じたようにだいぶ幼かった。
あぐらをかいている俺だが、それでも頭ひとつ分くらいの身長差しかなかった。
だが肩から流れるヘーゼルブラウンの髪はさらさらで、身なりも正しいので年頃の少女という感じはある。
「その……純粋に興味本位で聞くんだけど、君は何歳なんだ?」
「リューア、でいいです!」
「わ、わかった、じゃあリューアは何歳なんだ?」
「はい! わたし、十四です!」
「へぇ、十四……じゅうよっ…………じゅうよん!?」
小さっっ!! 年齢のわりに!
「は、はい、それがなにか――あっ」
リューアはしばし口を開いて俺を見つめていた。
しかし、たちまち眉を吊り上げ頬を膨らませ、腰に手を当て完全武装ハリネズミモードで俺を糾弾した。
「もしかしてあなた、わたしが小さいって思ってるんですね!? しょうがないじゃないですか生まれつきなんだから! というかずっと身長がコンプレックスなんですから触れないでくださいそういうこと! 思ってても言わないでくださいそういうこと! なんですか、助けてあげた恩を忘れたんですか!?」
と、感嘆符の連続だったが、リューアの言葉は俺にむにゅっと当たるだけの可愛いものだ。
彼女の背はまことに小さく、遠目に見ただけでは七、八歳としか思えないだろう。
俺のクラスで一番背が低いやつでも、彼女より十数センチは高い気がする。
だんだん彼女がハムスターに見えてきたけど、それは言わないでおこう。これ以上彼女の怒りを買ってしまうと、ハリネズミの次はドラゴンになりそうだ。
脳裏ではそんな益体もないことを考えていたのだが、俺の耳にはハムスター・リューアの言葉がひとつ引っかかっていた。
「えっ……と、俺を助けてくれたのってもしかして君――じゃなくてリューア、なのか?」
「ええ、そうですとも! あなたが独りで森の中に倒れていて、グラウルフの群れにくんくんされていたのを私が見つけたんです!」
〈グラウルフ〉? 聞いたことがない名前だった。だが「ウルフ」とは日本語で「狼」を意味するものだと思い出して、なんだ狼の一種か、とあまり気にすることもなく納得する。
いや待てよ、狼なら「くんくん」なんて生易しいもんじゃないと思うぞ? もっと「ウウゥゥゥ」とか「グルルル」とか、野性的な雰囲気だろう。
まあそのあたりの点で、彼女はやっぱりハムスターだ。
俺が馬鹿な思考を巡らせているとは知らず、リューアはため息交じりに言った。
「ところであなた、助けてあげたわたしに名前ぐらい教えてもいいんじゃないですか?」
そういえば、メイド姿に目を奪われて名乗ってすらいなかった。
「あぁ、ごめん……。俺は、朝奈リョウ、だ」
「あさな……? なんだか珍しい名前ですね」
そうか? 朝奈、なんてありふれた名字だと思うけど。
「まあいいです。ではリョウさん、なんであんなところに独りでいたんですか? 迷子、でしたか?」
さあ、どう説明したものか。目が覚める前まで何をしていたのか全く思い出せないし、なぜこんな森の奥にいるのか見当がつかない。むしろこっちが教えてほしいぐらいだ……。
今思えば、自分がここにいる理由以前に、ここが《日本のどこ》かすら分かっていなかった。
再びきょろきょろと首を回す。だが目に映るのは幹の茶色い大木ばかりで、富士山とか琵琶湖とか阿蘇山とか、いかにもな目印を探そうにも森の外が見えない。
動物はいくらかいるようだが、丸く太ってカラフルなハトみたいなヤツとか、異様に尻尾が長い猫らしきヤツとか、どうも俺が見たことのない奇妙な動物ばかりだ。
俺を包む空気は、夏にしてはやや涼しく感じる。東京とは段違いに、澄んでいて生命力に溢れている。
訝しげに俺を見るリューアを差し置いて、顎に手を当て考え込む。
涼しくて、自然もきれいな土地…………、長野あたりか? いやそれともかなり北の方で青森とか? 行ったことはもちろんないが、東北なら夏でもこれぐらいなのだろうか。
近づいてきた謎生物・デカハトをおそるおそる撫でる。するとそいつはピクッと首を伸ばし俺と目を合わせ、やがて一目散に走って逃げていった。
飛ばずに走る鳥なんて日本にいたっけ……。森に消えてゆくデカハトを見送りながら、ここが日本であることすら疑ってしまう。
見慣れない風景だけど、日本ではあるはずだ。
リューアという少女は、俺と日本語で会話したのだから。
もう分からないことが多すぎて、俺はとうとうギブアップした。
待ちぼうけしていたリューアに、潔く問う。
「なぁ、リューア。ここって一体、日本のどの辺りなんだ?」
「え、はい……? ちょ、ちょっと待ってください」
突然話しかけられて驚いたのか、それとも俺自身が、ここにいる理由を知らないことに驚いたのか、リューアは今までで一番怪訝な表情をした。
だが彼女のその反応は、俺が思ったどちらでもないということが、続く言葉で明らかにされた。
「にほん……、って、なんですか?」
「なっ…………」
俺は衝撃のあまり息を呑んだ。
リューアは「日本」という国を、いや名前そのものを知らない!?
そんなことが、あるはずない。
フリーズしかけた脳に、激流のごとく自問自答が流れる。
彼女も日本人なはずなのだ、こうやって会話できる時点で。それなのに日本を知らないなど道理が立たない。
それに彼女は、いかに見た目が小さくとも本当に十四歳なのだろう。それならば、たとえどんな引きこもりであっても自分が生まれた国ぐらい分かって当然だ。
確かに俺も、自分が日本で産まれて東京で育った、などと誰かに教えられたわけではないが、そんなことなど生活していけば簡単に気づき常識になる。
いよいよ思考が渋滞を起こしかけたとき、不意に一つの疑問が頭をかすめた。
――彼女は、本当に日本人なのか?
「リューア・フィゼル」という名前で?
……そんなわけがない、よな。
そう理解してしまうと、必然的にある事実に辿り着く。
リューアは絶対に日本人ではない。それなのに、日本語を話す。かと言って他言語を話すわけでもなく、まるで母国語であるかのように日本語で。
そのようなシチュエーション、現実世界では起こり得ない。
そう、つまりそれが意味するのは――――。
「ここはリンヴィール王国、最東端の街〈イドリクニア〉ですよ?」
――ここは、〈異世界〉なのか?
夕白颯汰です。
「転生したら、何もかも救われるのか?―異世界で手に入れたスキルは〈転生〉だった―」
第二話、読んでいただきありがとうございました。
この物語が誰かの心に響くよう願いながら日々執筆しておりますので、どうぞ今後の展開をお楽しみに。
では、また次話で。




