末っ娘姫は可愛い
「先生は、どう思う?」
「政治、軍事には関わりませーん」
「参考になんかしないわ。聞きたくなっただけよ」
「ぐ……前陛下の真似か? 口が回るようになったじゃないか」
そう言ってみればカタリナがふふんと勝気な笑顔を見せてきた。
奥でアルル様とメルが会議をしている中、俺とカタリナは親衛警護のために同室で控えている。
トリアが魔力切れで動けなくなってしまったからな、必然的にどちらかがこの任務につくことになるわけだけだ。
カタリナは気を使ってか休んで良いと言ってくれたけど、まだ腹も減ってないし眠くもない。
だったらと雑談している内に、国の現状についての話となった。
「はぁ。まぁそうだな、千年戦争ってのは悪くない案だと思うよ」
「でも、戦争よ? 人が、民が死んじゃうのよ? 私、まだ受け入れられないわ」
勝気な笑顔から一転、眉を寄せて難しそうな顔に。
メルにしてもそうだけど、表情が豊かで見ていて面白いと思うのは内緒の話だ。
「アルル様も言っていたが。既にフリューグスとの戦争は簡単に終わらせられないものになっているのはわかるな?」
「うん。って頷きたいところだけど、先生のおかげで頷けないわ。だって、アルルお姉様の剣として、お姉様が命じたのなら先生は戦争を終わらせられるでしょう? どうしてそうしないのか、わからないの」
短絡的と思わなくもないけれど、カタリナもわかっているはずだ。
俺ならばできるという言葉に縋れば、将来どういうことが起こるのかくらい。
「わかってるわ先生。けど、戦争だも……えぇと、戦争よ? すぐにでも終わらせて、国内で失業者をカバーできる政策や職を打ち立てたりしたほうが、よっぽど国力が高まると思うの」
「あぁ、安心した。そうだな、もっともな意見だし、多くの施政者はそうしようとすると思うぞ」
「なら」
「だが、戦争によって生み出される需要とは、戦争でしか生まれないものなんだよ」
人の歴史は戦いの歴史である、なんて言葉が示す通り。
人間は何かと戦おうとすることで自らの生活を豊かにしてきた。
「戦時における特需のこと?」
「違う……んー、じゃあカタリナ? 剣というか、鉄を打つ技術って何から生まれたんだと思う?」
「鉄を? えぇと、やっぱり誰かを殺すため、よね?」
「その通り。つまりは争いに勝つため生み出された技術だ。もちろん違うという人もいるだろうが、俺はそうだと思っている」
争いとは同じレベルのもの同士でしか生まれない。
だからこそ、相手より上の何かを求めた。その一つが武器であると思う。
あるいは、己よりも上位の存在に争いを挑むためにとも言えるかもしれないが。
「争いを始めた古のヒトらしき者たちは、それこそ最初は素手での殴り合いで争っただろうが、やがて木の棒や石を持った。物質が同じものしか持てなくなった時、より優れた道具へと進化させる術を身に着けた。そしてそういった技術を生活に活かすことを見つけた」
肉を切り裂く剣は、料理のための包丁として生活を支えるようになった。
木を加工する技術は立派な家を建てるものに活かされた。
「……争いが、戦争が技術の進歩に必要、ってこと?」
「必要とは言わない。けど、進歩を促す優秀な一因であることは否定できない」
俺の答えに納得がいかないのか、カタリナは少し不満げに頬を膨らませた。
「うん。でも俺はそういうカタリナの甘さを捨てきれないようなところ、好きだな」
「ふぇ……? 今、なんて?」
「進歩や進化に犠牲は必要であるってのが引っかかってるんだろ? だから安心したって言ったんだし、そういうカタリナが気に入っているよ」
「気に――ってそうじゃなくって!? あーもうっ! この先生はっ! 先生はっ!!」
地団太を踏み始めた。
俺を蹴ろうとしても避けられるってわかってるんだろう、素晴らしいね。
「アルル様やメルはそんな犠牲を認められる、なんていうか冷たさを持ってる人だ。だからかもしれないな、カタリナは無意識にでも反面教師にしていたのかもしれない」
アルル様にしてもメルにしても、元々は国や自分のために俺へと殺意を向けてきた人だし。
唯一カタリナだけが、ただの敵意を向けて来てくれた。今思えばありがたいことだな。
「む……反面教師って。それじゃあお姉様たちが間違っているみたいじゃない」
そういう持ち上げられ方はお嫌い、っと。
中々面倒くさい性格をしてるカタリナだけど、優しさからくる面倒くささは嫌いじゃない。
「じゃあ間違ってないと思っているアルル様やメルが、カタリナの嫌だなと思ってることをそのまま捨ておくと思うか?」
「あ……」
俺は確信を持ってまでは言えないけど。
千年戦争は、恐らく想像しているより遥かに温い遊びのようなものになると思う。
「……ありがと、先生」
「どういたしまして」
納得できて安心したらしいカタリナは穏やかに、少し頬を染めながら笑ってくれた。
ただまぁ俺としては別の不安もある。
アルル様は伝家の宝刀は抜かないからこそと言ったが、伝家の宝刀の存在を知られてしまえば。
「より上回ることができるだろう何かを準備する……」
「先生?」
「いや、なんでもないよ」
それはたとえばあの魔人化魔法であったり。
……はぁ、個人的には強い相手だやったー! なんて言いたいところなんだけどな。
これだから変な責任は負いたくないというもんだ。
今日はテレシアと遊んで気晴らししよっと。




