将軍と暗殺者
戦争は僅かな富と名声を生むために多くの悲劇を開演する。 故に、戦争とは凄惨であればあるほどに良い。
これは誰の言葉でしたか、生憎と学のない私だから名前まで覚えていないのだけれど。
それでも意味はわかる。
酷く惨いものであると皆が認識し、世界中の人間が戦争を嫌い、憎しみ、忌避するようになれば起こらないだろうということ。
同時に、僅かであっても富や名声が生まれるなら無くならないだろうと、私は考えている。
特別、戦争に対して思うことはないけれど、メル様やベルガ様が少しでも関わってしまうことになったのだ。
改めて向き合う必要はあるのだろう。
「――なるほど、シェリナ殿の考えは理解した。共感は難しいが、視野が広がる思いだ」
「私の考えが一助になれたのなら何よりです」
東部前線の視察をとアーノイド様と馬車に揺られること一日。
乗って半日は居心地の悪そうにそわそわされていた彼だけど、どうやら私が下級国民であるから気分を害されているといった意味ではなかったようで。
「しかし、こう言っては何なのだが流石ベルガ殿の侍女、見識が深く広い」
「御冗談を、学など私から最も遠い位置にあるものです。私の手には本よりも箒や雑巾、あるいは血塗られた短剣こそが似合っていると思っておりますのに」
私に失礼なことをしてはベルガ殿に顔を向けられない、などと考えておられた様子。
実直な方だなと思う。
ベルガ様がどうしてこの方に気を置かないのか、その理由を垣間見た気分です。
「礼儀作法にしても、苦手な自分が言うことではないだろうが、堂に入ったものだと感じている。それだけに、今でもあなたが暗殺者であるなど信じられないよ」
「もったいなきお言葉です」
暗殺者であるからこそ、そう見抜かれないように習得した技術ではあるけれど、褒められて悪い気はしない。
けど、あぁ、そうですね。
「私は、戦災孤児でしたので」
「……参った。改めてベルガ殿の侍女だと思ってしまったよ。前置きを自らすっ飛ばすなんて、実にらしい」
嬉しい言葉を頂戴してしまった、ベルガ様の侍女らしい、ですか。
くふふ、ベルガ様に聞いて欲しかったですね、本当に。
それにしても、アーノイド様は実直であり、お優しい。
私がどうして暗殺などという仕事をしていた、あるいは今こうして諜報のため一緒しているのかを聞きたかったのでしょうね、私に配慮をした上で。
「どうやら父は戦争犯罪を犯したようで、私は物心ついたときから名字を剝奪されておりました。母は知りません。今思っても劣悪な環境だった孤児院で、そんなことを気にする余裕はありませんでしたから」
「つまり、生きるために、殺しを?」
小さく頷いた。
あの場所では多くの汚い生き方を学んだ。
シスターは身体を売って金を得ていた。
盗みを働き血肉へと変えた孤児もいた。
それら全てを自分のものにしようと、常に悪巧みしていた院長がいた。
「では、シェリナ殿が今こうして働いているのは……」
「いいえ。申し訳ありませんが、私に戦争をこの世に生み出さないように、などという高潔な意思といったものは存在しません」
「……ふむ」
ではなぜと目が言っている。
改めて言語化するのは少し、難しいのだけれど。
「私は、道具です」
「道具……?」
いまいちピンと来られないようだ。
この辺りは実に戦う方、武人らしいと思ったりする。
「私の忠は国ではなく、メル様に全て捧げております。幼き興味であったとしても、血に溢れた日々から救い上げてくださったあの方にのみ」
出会い方なんて些事だ。
ただ、私はメル様と出会って、買われた、掬い上げられた、その事実だけでいい。
「誤解を承知で申し上げますが。メル様が日々を安らかに、そして幸せに過ごされるためにであれば何でも致しましょう。それこそ、殺し、盗み、あるいは篭絡、あらゆることを」
「待て、であればベルガ殿の下に着いている理由は」
「それを誤解と申しました。そもそもベルガ様をどうにかなんて出来ません。それはアーノイド様もよくよくご理解されているかと存じます」
「う、む……すまない、確かにそうだ、先走った」
思わず苦笑いをしてしまう。
どうにも出来ないと知るためにベルガ様へと挑んだことがあるなんて言えば、どんな反応をされてしまうのか。
いや、遊んでいい時でも場合でもない。
「人の願いを叶える者を神と呼ぶのなら、ベルガ様は私にとって神に値するお方です」
「か、神? そ、それはまた飛んだ話だな?」
「そうでもありませんよ。メル様の幸せを願う私ですが、メル様を幸せに導くことはできません。そして恐らく、多くの方が無理でしょう。ですが、ベルガ様は違う、メル様を幸せにできるか導くか。その選択肢を持って叶えてくれる方。まさしく神の御業を有していると言ってもよい方です」
単純に強き人なら沢山知っているし、利用も、処分もしてきた。
けど、ベルガ様はそんな次元におられない。
「私は、ベルガ様を通して、メル様を幸せにしようとできている。このことがたまらなく嬉しい。だから私はもっとベルガ様に使われたい、命、身体、心、あらゆるものを捧げたい。そうしてメル様のお役に立ちたいのです」
こんな考えは狂っていると言われてしまうかもしれないけれど。
「いつか、ベルガ様の隣にメル様が幸せそうな笑顔を浮かべて寄り添っている光景を見たい。欲を言うなら、そんなお二人に跪いている私が居たい。そのためになら私は……はい、真実、なんでも致しましょう」
正直、アルル様が仰った千年戦争計画なんてどうでもいい。
戦争が世にあるかないか、悲劇がどうのもどうだっていい。
ただただ、そんな夢想が実現すれば。
「シェリナ殿」
「はい」
「自分には、やはり理解や共感をすることはできない」
「失礼ながら、共感されても困ってしまいます」
だろうな、と。
私の返事に苦笑いを返しながらアーノイド様は。
「しかし。幸福な未来を望む気持ちは共にありたいと願う。今回の視察、貴殿を共に向かうことができてよかった。改めて、よろしく頼む」
「かしこまりました、喜んで」