腹黒い担い手様
「なるほど、ありがとうございます。シェリナにもよろしくお伝えください」
「かしこまりました」
トリアと交代のためにアルル様の部屋へとやってきた。
シェリナの報告書を渡して口頭でも伝えたが、報告を聞きながらもずっと手元はハンコを捺し続けているあたりにちょっとした恐怖を覚えたのは秘密の話。
相変わらずニコニコしているけれど、これがアルル様の仮面であることはもうわかっている。
よくよく観察してみれば眉が少しだけ真ん中寄ってるし、シェリナが調べたことはいまいち面倒くさい方向に行ったなと感じているみたいだ。
「ベルガ」
「はっ」
そんなアルル様が不意に手を止めて、言葉と目を向けてきた。
今度は露骨にわたくし困りましたなんて文字を顔に張り付けているが知らないふり。
「つれませんわねぇ」
「シェリナにも言われました。とはいえ私から申し上げる言葉としては御心のままにとしか言いようがありません故に」
あなたならどうしますか?
言いたかったのはこんなあたりだろうが、答えは決まっているわけで。
「仮に、東部前線に赴き敵軍を殲滅してこいなんて言っても、でしょうか?」
「はい。私はアルル様の剣ですから」
と言っても、アルル様は絶対に言わないだろうと確信している。
口にしたら最後、依存が始まるからだ。
利用することと依存することは違う。
利用とは力を使うことで、依存とは力に使われることだ。
時見というギフトに使われ続けていたアルル様が、このことを知らないわけがない。
「随分と、わがままな剣ですこと」
「選り好みが酷いだけですよ」
苦笑いするアルル様へと肩を竦める。
だからこそアルル様に俺自身の柄を委ねたとも言えた。
彼女は本当に、力の使い方というものをよく理解しているから。
「参考までに伺っても?」
「お答えできることなら」
「現在東部前線で確認できている敵軍は2000という数です。後方まで考えれば我が国に差し向けられる数は一万と少し。ベルガなら、どれほど被害を与えられますか?」
「そう、ですね……」
中々答え難い質問だな。
でもまぁ正直に言ってしまえば。
「魔法使い含む歩兵が我が国と同程度の練度であり、策といったものが存在しないのであればとの前置きでよろしいですか?」
「はい。続けてください」
「2000、文字通りの全滅か、あるいは前線を貫き深い侵攻かは叶えることができます」
「……きかん棒な我が剣ですこと」
「聞かれたから答えだだけです」
敵軍全員がビスタやアーノイドさん級だっていうのならまた違うが。
そもそもそんなに強けりゃ先々代からの戦争はとっくに終わっているわけで。
「やはり伝家の宝刀は抜かぬが吉、ですわね」
「であれば安心致しました」
変わらないニコニコ顔だけど、眉が元の位置に戻ったようで何より。
「ベルガ」
「はっ」
「わたくしは、この戦争を1000年続けられるようにと考えています」
「……は?」
いかん、思わず失礼な声色がでた。
千年戦争とは穏やかじゃない。
つまりは子々孫々、遥かな未来までの安寧を放り投げると宣言されてしまった。
「安寧とはそも何か。一言で表すのであれば退屈な日々を実現するということでしょう」
「代り映えのない、安定した日々をということですね?」
「その通り。安定し、何物にも脅かされない日々の獲得と保証こそが安寧です」
少し露悪的にも聞こえるが間違ってはないだろう。
変化のないこと、すなわち安定していること。
それは平和の土台として確かに存在していておかしくない。
って、そうか。
「戦争特需、ですか」
「ふふ、もう特需と言える時期ではありませんが。そう、この国、ベロニカは隣国フリューグスとの戦争が日常の中に組み込まれているのです」
言われて考えればこの国は徴兵制を採用していない。
あくまでも自由意志の下、国のために戦う意思を持ったものが兵となっている。
つまりは仕事として兵士という選択肢が多くの人にあるのだ、トリアが騎士となったように。
「フリューグスとの戦争が終結すれば、むしろ生活に困る民が現れてしまうでしょう。兵団の規模は縮小、それと共に武器防具を製造する鍛冶師の方々も、別の職を探さねばなりません。そして残念ながらそういった方たちの受け皿がベロニカにはまだありませんから」
「安寧を手にするがために安定とはかけ離れたことを続けると」
「はい」
笑顔で言い切られてしまったが、なんともまぁ腹黒いというか。
いや、ある意味これが国を治めるものとして必要な器なのかもしれないな。
「では、ガイとノルドラに関しては?」
「切除と言ったのはわたくしです。この際まとめて不要物である彼らと付属品たちをフリューグスにお渡ししてしまいましょう。その上で、前線の安定を図ります」
「とは言いましても。ガイにせよノルドラにせよ、国の機密へと触れた者たちです。応じるという態勢は厳しいものになるのではないでしょうか」
あ、やべ。
つい疑問をそのままに口へと出してしまった。
「あら? あらあらあら?」
「な、なんでしょうか」
その瞬間アルル様は椅子から立ち上がって、ニコニコ笑いを深めながらつつーっと近づいてきて。
「うふふ~、ご安心くださいませ~。国の最高機密はわたくしですわ~? そして~ベルガ様のお隣が一番安全な場所ですから~」
「……わかりました、わかりましたって! あぁもう、隙を見せたらすぐこれですよ」
最近ちょっとでも仕事以外に興味を見せたらこれだ。
あぁもう、そのいやらしい笑顔を引っ込めなさいと。
「うふふ、失礼しましたわ。ですが、そうですね……相手の準備に合わせてわたくしから隙を見せましょう。前線視察に赴ききっかけを与えれば、くらいついてくるはずです」
「で、それを守れと? ……はぁ、腹黒い担い手様です」
「頼りにしてますわよ? わたくしの剣」
俺の使い方ばっかり上手くなってどうするのやらってね。困ったもんだ。
「ともあれ、今しばらく時間がかかるでしょう。それまでは自由にしてもらって結構ですわ。リアさんへと付与魔法を教えたいのでしょう? メルも興味深々なようですし、調整しますわ」
「いやほんと、そうやってアメを寄こすのやめてください? 文句が言えなくなるので」
「未来の旦那様をどうすれば掌の上で転がせるか模索しているだけですわ」
まだ言ってたんですかそれ。
どこまで本気なのやらわからないのが一番困るよ。
「とりあえずこの場は、ありがとうございます、助かりますと言っておきます」
「いえいえ、愛する旦那様のためですから。お気になさらず」




