三姉妹
ベルガ様が部屋から出て行った後。
示し合わせたかのようにメルとカタリナがやってきた。
もちろん、と言わんばかりにどんな話をしたのかと聞かれて、話したのだけれど。
「そっか、せんせはそんなこと言ったんだ」
……なぜメルはニコニコしてるのでしょう? カタリナは安心してるのでしょう?
「あ、あの? 何か面白いことでしたり、安心させるようなことをわたくしは言いましたか?」
「え? あ、うん、まぁ、そうだね? カタリナちゃん?」
「ふぇっ!? そ、そんな別に安心なんかしてないわよっ!? 婚約したとか言われたらどうしようとか思ってないんだからねっ!?」
「こ、婚約っ!?」
婚約とはつまりわたくしがベルガ様と!? 夫婦にっ!?
「な、なにを言っているのですかカタリナ!?」
「だから思ってないし安心もしてないわよっ! 勘違いしないでよ!?」
勘違いってなんですか!? わわわ、わたくしそんなお話はしておりませんわ!?
「あははははっ! カタリナちゃん顔真っ赤だー!」
「メル姉ぇっ!?」
「きゃーこわーい! 逃げろー!」
まったく、何を急に言い出すのやら。
でも。
「ふふっ」
「あれ? なに笑ってるのアルルちゃん? やっぱり実は婚約するとか?」
「そうなのっ!?」
「ちちっ、違いますわっ!? わ、わたくしは、その……こうして、お部屋で久しぶりに三人揃えたなと、うれしく思ってしまっただけです。それも、こんな賑やかに」
本当に、随分と久しぶり。
記憶の中にある景色には、お母様もいらしたから……そうですか、三年ぶり、ですね。
「アルルちゃん……」
「お姉様……」
あぁ、どうしてわたくしはこの光景を見られなかったのでしょうか。
もしも、こんな場面を知ることができたのなら、こんなことにはならなかったのかもしれない。
そんな風に思ってしまえるほど、尊いこの光景だから。
「あたし、ね? 多分……うぅん、せんせが居なかったら、こうなってたとは思わないんだ」
「そう、ね。私もよ。それどころか、争っていたかもしれない。派閥に利用されてか、利用してかはわからないけど」
「……ええ」
きっと、その可能性は大いにあった。
今回わたくしが意図した形に毒が盛られ、お父様が害されてしまったこともそうだけど。
わたくしたちが気づけなかった危険が、この国には既に潜んでいた。
ベルガ様が現れたことで顕在化したと言っていいでしょう。ならばいなかった場合、致命的なものにまで発展していた可能性がある。
「だから」
「お姉様」
「はい……わたくしは、王になります。いえ、ならなければならない」
責任を取らなければならない。
お父様が手を打たれていたのかもしれませんが、他ならぬわたくしのせいで、もはや国を治めるため身体ではなくなられてしまった。
それに。
「わたくしは……わたくしの心を支える杖に、未来を切り拓くための剣となると言って下さったあの方に、応えたい」
大きな迷惑をかけた、被害を与えようとしたにもかかわらず、力になると言って下さった。
ここで、応えられない自分で、いたくはない。
「強くなる、なりたい。わたくしには剣にも魔法にも才能はありませんが、それでもあの方を正しく使える心の強さが欲しい。今はまだ未熟な蕾でも、苦難という太陽を受け止め、花を開き愛せるように」
できるのか。
そんな不安は強くある。
それでも、やりたい、応えたい。それだけは真実この胸にあるのだから。
「そのためにも……メル、カタリナ」
「うん」
「ええ」
一人じゃできない、ベルガ様のお力を頂戴してもまだ足りない。
「わたくしの力になってくださいますか?」
遠く、遠く及ばないわたくしだから。
メルやカタリナの力を借りて、ようやく一人前になるための舞台に立てると思うから。
「アルルちゃん。あたしね? きっとこの先も迷惑をかけちゃう」
「はい」
「お母さんを蘇らせる。あの時から三年、あたしに寄り添い生かしてくれたのって、やっぱりこの想いで願いなんだ。簡単には捨てられないよ」
わかる。
姉妹の中で誰よりも深く沈んだメルだから。
「けど、ね? せんせのおかげで、少し……本当に少しだけ、あたしの願いって蘇らせることじゃないのかもしれないなって、思えるようになった」
「はい」
「あたしはこの胸の内を確かめたい。だから、迷惑をかけちゃうこともあると思う……だけど。アルルちゃんを支えて、アルルちゃんの力になって、この国を強くしたいって想いも、本当だから。欲張りでごめんね? でも、これからもよろしく!」
「はいっ!」
メルが笑ってわたくしの手を取ってくれる。
久しぶりに握ったメルの手は、とても温かくて。
「ここで嫌だ、なんて言えないじゃない」
「ふふ、素直に言ってくれていいのですよ?」
「素直になれる私なら困ってないわ」
強がることで乗り越えてきたカタリナだから、そんな気持ちもわかる気がする。
「でも、一番素直に言えることがあるの。私は、先生を超えたいって」
「超える、ですか」
「だ、だってあの人ずるいのよ!? こっちが必死にやって! ちょっとうまくできるようになったら! はい、じゃあ次はこれねって! ずるいわ! ずるいよ! もうちょっとほめてくれていいのに! 次々と! でも怒れなくて! やめるって言えないくらい夢中にさせられて! 超えたいって思っちゃうじゃない! 私悪くないもん!」
「ふ、ふふ……そ、そうなのかも、しれませんわね?」
あぁ、こうやって末っ子らしい振る舞いを見るのも、久しぶりで。
「だから私は国をお姉様に押し付けるわ! 思う存分やって頂戴! お姉様が思う存分できるようになんだってやるわ! そして思う存分私も強くなる!」
そういって力強くわたくしの手を握ってくれた。
こんなにも、熱い手をするようになっていたんだ。
「やりましょう……この国も、自分も、全部強くして。そうですね、ベルガ様を驚かせてやりましょう」
「あ、それ、いいね。せんせのびっくりした顔、とっても見たい」
「そうね! あっと言わせてやりましょ!」
三人で、固く手を握り合う。
さぁ。
皆で前へ、進みましょうか!