既視感の先
色々腑に落ちたなって感じだった。
「テレシア」
――はいっ! ご主人様お待ちしておりました! とりあえず後ろのメスをぶち殺しますね!
なんでだよ……むしろ守るべき相手だよ。
――申し訳ありません……なんだかこう、生かしておいたらダメな気がして……。
それこそなんでだよまったく。
それよりも。
「グォオッ!?」
「時空魔法で残った魔力に不安もある。テレシア、頼むぞ」
――かしこまりましたっ! 解析、開始します!
「陛下、今楽にして差し上げますので、少々お待ちを」
「グオオオオッ!!」
おいたわしや……なんてガラでもないけれど、思っちまうね。
「っとぉ、やっぱバカ力だよなぁ」
「ッ!?」
不可視の剣で陛下の爪撃を受け止める。
普段なら観察開始って言うところだけど必要ない。あんまりにもお粗末な魔人化だから。
ここに背中から翼が生えて、手の指爪だけじゃなく足の爪も伸びていてと、本格的な魔人化だったならもうちょっと面倒だったかもしれないが。
……なるほど憑依魔法。伝わってくる魔力の波長が二種類ある。
ってことはあの気絶したふりした魔法使いは、霊体化の術式を使って陛下に潜み、魔力切れになったんだな? 自爆特攻もいいところじゃねぇか。
でも人をやめることに対しての理解が浅すぎる。これじゃあ俺は殺せねぇな。
「もっとも。陛下自身を狙われたってセンもありますが、ねっ!」
「ギギッ!?」
バカ力は受け流すに限るけども、後ろにはアルル様もいるし、押し返す。
アルル様にはさっさと逃げて欲しいところではあるけれど、周りにはもう誰もいない。
なんだかなぁ、俺がいたら大丈夫だろみたいな感じに扱われるのは心外なんだけどな。
慢心ダメ絶対。ってやつですよ。
「……ベルガ・トリスタッド、あなたは……」
「不安ですか? ならば乗り越えてくださいね」
申し訳ないけどそっちにまで気を回している余裕はないし、自分で乗り越えるべきものだ。
「グオオオンッ!」
……知性もなし、か。
目の前に人間がいるから殺そうとする。
難しいそうだから工夫をとも考えられないまま、ただただ鋭い爪を振り回すだけ。
まさに、おいたわしやってやつだよ。
進化の指輪か? それとも廃魔の力剤か? あるいは。
――解析完了ですご主人様。心臓にリング、胃の中にダストコープスの反応、おそらく先ほど口にした酒です。
「両方だったか」
相当無理やりやってくれたなこりゃ。
――加えて憑依者は完全マナ化しリングに同化しております、浸透率は三割。解除、解呪に成功しても、日常生活は今まで通りとはいかないでしょう。
マナ化って……遺産魔法とは穏やかじゃねぇな。予想できる症状は?
――おそらくそのまま、時間を三割奪われるものかと。
「……わかった、糸刃で行く。ダストコープスの浄化は任せた」
――かしこまりました! お任せください!
「グ、グ……」
打ち合わせが終わったところでようやく、俺をどうしても殺せないと理解できたらしい。
困惑した様子で、眼の光を弱らせたじろぎ始めている。
「むかつく、なぁ」
実にソツがない。
アルル様が利用したようで利用されていたってセンがあるにしても。
その実は俺を殺すためではなく、陛下の封殺だろうか?
この国はここまで腐ってたのか? あるいはお隣さんの仕業か?
どちらにしても興味はない。
力あるものがその能力を自らの願いのために行使することなんて当たり前の話だ。
だから興味はない、ないが。
「自慢されてるみたい、なんだよなぁ!」
「ッ!?」
やってやったぜとドヤ顔かまされている気分だ。
あぁそうだな、ここで陛下を元に戻しても、この国は大きなダメージを負う。
ここで陛下とあわよくば俺や姫様、あるいは王都に住む民を排除できれば万々歳だったんだろうが、それが叶わなくてもしっかりと厳しい状況には追い込まれる。
そうなりゃどうなる?
当たり前に姫様たちへ稽古をつける時間は減る。つまり俺の願いがちょっとでも遠くに行くってことだ。
喧嘩、売られてんだよなぁ……俺個人に対して、なんて思ってないだろうが、それでも。
「買ってやるとも、覚えてろ」
「グオオオオッ!!」
っと、敗北を悟ってなお攻撃してくるか、まぁ構わない。
破れかぶれの一撃、振り上げた腕にはビキビキと血管が浮かんでいていかにも重そうな攻撃だ。
大丈夫、もう受けないから。
「ッ――」
「お父様っ!!」
大きく踏み込んで、心臓の位置を貫く。
あぁ、確かに傍から見りゃ殺しを疑えないか。
でも安心してくださいアルル様、柄から先は糸のようなもんなんで。
エヴォルブリングの位置は……ここか。
ご丁寧にしっかり心臓に食い込んでら、ほんっとうにソツがないことで。
これを解除できるレベルの術者だと教えなくちゃならないのか。強欲にもほどがあるぞ。
「気が重くなるね、まったく」
パキン、と。
リングに糸刃を括りつけて断ち斬りながら、心臓の傷を癒すべく治癒をかけた。
「ぁ――」
「お父様っ!?」
「ご安心を。ちゃんと生きています」
崩れた陛下の身体を支えた腕から伝わってくるの確かな鼓動と温もり。
テレシアがいい仕事をしてくれた証だ、浅黒く変色していた肌がみるみる内に元の色へと戻っていく。
「あ、あぁ……あぁぁ」
恐る恐る陛下の首元へと指をあてたアルル様は、指先から伝わってくる脈に気が抜けたのか。
「申し訳ありませんアルル様。流石に腕は二本しかありませんで」
「いえ……いえっ」
ぽすんとその場に尻もちをついた。
やっぱりその衝撃で胸もばるんと動いた、眼福だ。
げふん。
まぁ、ともあれ。
「既視感のほどは?」
「え?」
「私は、未知なる未来を切り拓くことができたでしょうか?」
アルル様の表情を見れば、聞くまでもないことだろうが。
「はい……はいっ! ありがとう……ありがとう、ございます……ベルガ……! う、あ、あぁ……うあああぁあんっ」