時の事実
こんなの知らない。どうしてこんなことに。
そんな単語が頭の中に浮かんだ瞬間に訪れる、知っているという感覚。
「……違うっ!」
怒りを、悔しさを噛みしめている場合じゃありません。
「グウオォオオオオッ!!」
これは、一体何が起こっているの?
爆風が晴れた場所から現れたお父様。
肌の色は浅黒く、目は煌々と赤色の光を放っていて。
「ちぃっ! アーノイドさん! 大丈夫か!? 無事だったら皆を避難させてくれ!」
「ベルガ殿っ!? こ、これは一体何がっ――」
「魔人化だっ!! 俺にも詳しいことはわかんねぇ! けど不味い! 魔人を街に出してしまうわけにはいかねぇ! 俺が抑えるから! 姫様たちとほかの奴らを早くっ!!」
「っ――了解したっ!」
魔人、化?
それは、なんなのです?
どうして、お父様が? 魔人、に?
「グアアアアァッ!!」
「っ!?」
不意に。
お父様の赤い眼光がわたくしを貫いた。
あぁ、殺される。
そう見えた、感じた。
その瞬間。
「アルル様っ!!」
「え――?」
「グゥッ!?」
お父様の指から伸びた太く鋭い爪を目の前で受け止めた、人。
……ベルガ・トリスタッド。
「何ぼーっとしてんですか! 早く逃げてくださいっ!」
「グ、グ……!」
逃げる? わたくしが? お父様から?
「あ……あぁっ」
「アルル様っ!?」
バチバチと、目の前が点滅した。
あぁ、そうだ、そうです。
ここから逃げたら、お父様は。
「い、や……です……!」
「何をっ!?」
「いやっ!!」
ベルガ・トリスタッドに、刺し殺される。
「あぁもうっ! こなくそっ! テレシ――っ!?」
「だめぇっ!!」
何かしようとしたベルガの脚に飛びつく。
そうすれば、少しだけ、見えた未来が遠ざかった。
「アル――」
「や、やらせません! やらせるものですか! お父様は! お父様は殺させません!」
「ちょっ、いやだからっ!」
「グオォッ!!」
「だー! もう! 空気読めぇっ!!」
離さない。
頭の上で刃物がぶつかり合う音がした、でも離さない。
この脚だけは絶対に離さない。
離してしまえば回避したかった未来が、やってくる。
それだけは、それだけは。
「あぁもうっ! わかりました! わかりましたから!」
「だめですわかってません! あなたは! あなたはお父様を!」
「殺さなきゃいいんでしょう!? ていうか最初からそんなつもりないですからっ!!」
「え……?」
そんなつもりがない?
で、でも、見えた未来は。
「んな余裕ないってのにな! 陛下! 申し訳ありません! 少し止めますよ!! 時空拘束!!」
「グ――!?」
止める? 息の根を?
あぁ、違う、これは。
時が、止まっている。
「とりあえず一回離してください。いい加減胸の感触が大変です」
「え? 胸……? きゃっ!?」
なななな、なにを急に言っているのですかこの方は!?
「はい、今のは心の声が洩れました、忘れてください。避難は……流石、大丈夫か」
「え、えぇとあの? ベルガ、様?」
「はいベルガです。そしてようこそいらっしゃいました、時の止まった世界へ。ご案内出来たことで確信いたしました、アルル様は、時見のギフト保持者でいらしたのですね」
「とき、み……?」
ベルガ・トリスタッドは、困ったように笑いながら、力が入りすぎて離せなくなったわたくしの指をゆっくり解いた。
「時空魔法の短縮詠唱はかなりキツイので、申し訳ありませんが手短にお伝えします」
「は、はい」
「アルル様がご覧になっただろう光景は、確定した未来です」
「っ!! やっぱり! ならばあなたは!」
「そうですね、おそらく手に持った刃を魔人化した陛下に向けるのでしょう」
そういうことかと何かを確信しながら、なんでもないことのように言うベルガ・トリスタッド。
つまり言っているのだ、自分はお父様を殺すだろうと。
「ならっ!」
「ストップ。確かに刃を向け、なんならお身体を貫くのかもしれない。しかし、それは命を奪うこととはまた別です」
「い、意味が分かりませんっ! あなたは……お前はっ! お父様を刺し殺すっ! そんなことはさせない! わたくしが! 命を賭しても必ずっ!」
「そんな覚悟をお持ちになっていて、どうしてこの状況になるまでを止められなかったのです?」
そ、れは……。
「失礼しました。そう、アルル様はこれから起こる光景を知っておられる。知っておられるが、至るまでの過程を理解されておられない。それはひとえに、アルル様が弱者であるがゆえに」
「じゃく、しゃ?」
「ギフトへとちゃんと向き合っておられない。だから断続的であったり、未来の一部のみしか見えていないのです。もっとも、ギフトの存在を自覚できない人間のほうが多いのですから、当たり前ではあるのですが……それでも、否応なしにであっても与えられたモノを受け止められていない」
しゃがんで目の高さを合わされて。
酷く、残酷なほど真摯な色を目に携えながら言われてしまった。
受け止めて……なんて。
「できるわけ、ないではないですか! お母様の死をっ! お父様の死を! 諦めて受け入れろと!? そのようなことっ!」
「諦めることが受け入れることではありません。正しくその情景を分析し、応手を講じることこそ、受け入れることと言えましょう……ふふ、やはりアルル様には、私の指南を受けて頂かなければなりませんね」
そういって、ベルガ・トリスタッドは何でもないように立ち上がり。
「アルル様。私が切り拓き、悩まされていただろう既視感を断つ剣となりましょう。望む未来を、見えなかった先を照らす光となりましょう。そしていつか、私という剣を担うに値する強さを身に着け下さい。まずは……俺を信じることから」
時の流れを、元に戻した。




