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既視感は簒奪者

 わたくしを苛む既視感(デジャヴ)はいつからでしたか。


 いいえ、覚えている。忘れられるわけがない。


 何をしても、達成してもどこかで見た気がする、感じた気がする。

 

 そんな既視感はわたくしから多くのものを奪い去っていった。


 未知、感動……そしてついには、お母様の命でさえも。


 わかっている。

 この既視感とは未来です。

 逃れようのない、未来を誰よりも早く、感じ取っているのです。


 喜び、怒り、愛情、悲しみ。

 誰よりも先に知ることができるわたくしが辿り着いたのは無の心境。

 何にも心を動かされず、ただただいつ知ったのかもわからない未来への道筋をなぞる。


 だけど、それでも。


 ベルガ・トリスタッドがお父様を刺し殺す未来。


 これだけは、回避する。

 これ以上、こんなものに大切なものを奪われてたまるものか。


 そのためになら、わたくしは、なんでもする。


「――しかし、まさかアルル様が我らの旗となられますとは」


「不服でしょうかー?」


「とんでもありません。これほど頼もしいお方は他にいない、と申し上げたかったのです。ご無礼をお許しください」


 剣にも魔法にも属さないわたくしだから、都合よく扱われている。


「そうであればよろしかったですわー」


「ははっ」


 ですが好都合。

 彼らにとってわたくしは必要なく、わたくしにとっても不必要なものだから。


 その一点において、手を結ぶことができる。


「よろしいですわね? ベルガ・トリスタッドを個の力で排除することは不可能。アーノイドはもちろん、カタリナであっても、メルであっても彼を殺すことは叶いません。ならば」


「群の力をもって打倒する」


「その通り。あるいは、この国に居られないよう取り計らうことも考えましたが、彼はお父様の信頼と信用を手にしていることから難しいでしょう」


「まったく、たかが剣聖というだけで平民如きに心を寄せられるとは……やはり、退いていただく他にございませんな」


 面白いことを仰る。

 いえ、危うきを遠ざけるという面で協力しあっているわたくしが、彼らを笑うことなどできませんが。


「以降のことはご自由になさるとよろしいでしょう。わたくしは王位に興味はございませんが、必要であるのなら抱えます」


「そ、それは」


「ええ。妻となりましょう」


 生唾を飲み込むなど、かわいらしい反応をされますね。

 わたくしの身体を、心を自由にされたいと言うのなら、お応えしましょう。


「しかし、すべてはベルガ・トリスタッドの排除が叶ったあと」


「も、もちろんでありますな。必ずや、あやつめを国から排し、安寧を手にしましょうぞ」


 もちろん、その時あなた方に命があったのなら、ですが。




「お姉様」


「あらー? カタリナではありませんの、珍しい……いえ、久しいですわね。こうして部屋に来てくれるなんてー」


 夜、自分の部屋で書き物へと目を通していればカタリナがやってきた。


 自分で言った通り、久しぶり。

 お母様がご存命の頃は、メルとカタリナ、そしてお母様と女子会なんて言って集まっていましたね。


「えぇと、仕事中だった? ごめん、出直そうか?」


「いいえー? 急ぎのものでもありませんしー。大丈夫ですわ~、どうぞ入って下さいな」


「ううん。えっと、ちょっと伝えたいことがあっただけだから」


 伝えたいこと?

 少しだけ残念に思いますわね、折角来てくれたのにお部屋にも招けないなんて。


 でも、それ以上に。


「何しようとしてるのかわからないけど、せんせには何やっても無駄だからごめんなさいしたほうが良いよ」


 やっぱりこれにも、既視感が付き纏う。

 こんなこと言われるんだったな、なんて。


「ぷっ……それはメルからかしら~?」


「私も同感で同意見。でもね、私もメル姉もね? お姉様が……もっと辛くなっちゃうんじゃないかって、それだけが心配なの。だったら――」


「カタリナ」


「ごめん、なさい。私達が言えることじゃないっていうのは、わかってる。ずっとずっと私達の分も頑張ってくれてたお姉様には……けどっ!」


「わかっていますわ。ですが、あなた達も一度あの方とぶつかったように、わたくしだってぶつかりたく思うのです」


 わたくしなりの、やり方で。


「お姉様……」


 カタリナの顔からは色々なものが読み取れる。

 わたくしの言葉を前向きなものと思いたい、でもやっぱりそうじゃないんだろうって少し悲しげで。

 妹だというのに何も出来ない自分に対して情けないと下唇を噛んでいた。


 そんな顔の中で、何よりも一番読み取れるのは。


「……わかった。ごめんね、夜に」


「構いませんのよ。今度は、お茶でも飲んでいって下さいね~」


「うん」


 瞳に、先生とぶつかると決めたのなら、きっといい道を辿ることができるという信頼が浮かんでいたこと。


 去っていくカタリナの後ろ姿を見送りながら。


「既視感さん、呪いますわ」


 あの子の成長を喜ぶ心すら奪った元凶を強く恨む。


 同時に、後には引けなくなったことを実感した。


「もしも、わたくしが期待していることがあるとするのなら」


 あるいはこの既視感をも、彼なら超えてしまうのではないかなんていうことだろうけど。


「未来を乗り越えるなんて、誰にも不可能、ですから」


 自分のやろうとしていることとの二律背反。

 そうだ、わたくしは、どこかでもうお父様の命を諦めているから、こんな全てを捨て去るようなことでさえも、容認できているのかも知れない。


「……誰か、助けて」


 自分がもうわからないから。

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