残酷な天恵
「アルル様、天恵という言葉を聞いたことは?」
「え? えぇっと、申し訳ありません。存じませんわ」
嘘を言っているようには見えないけれど。
なんとなく出会った時から違和感があるんだよな、この笑顔は。
……色んな意味で安易に決めつけるのは早計か。
「生まれつき少しだけ人間離れすることのできるモノ。それがギフトです」
「に、人間離れとはまた物騒ですね?」
「物騒、というほどではありませんよ、本当に少しだけ。たとえば人より少しだけ高くジャンプができるとか、少しだけ嗅覚が鋭いですとか。そういったものです」
高く跳べると言っても、じゃあ2メートル跳ぶことができるようになるわけでもないし、嗅覚が鋭くなるといっても普通の人が嗅げる匂いをはっきり捉えられるとかそんなもの。
「ベルガ様? そのギフトというもの、わたくしに何か関係がありますの?」
「先程のファイアボール。私が察知するよりも早く気づかれていたように思えます。これは突飛な想像なのですが、もしやアルル様は未来を視られているのではないかと思いまして」
「み、みらい、ですの?」
笑ったまま固まるアルル様。
呆気にとられているのはわかる、あまりに突飛過ぎて固まってしまうのもわかる。
が、何故笑顔のままなのか。
「ぷっ――あはははは。べ、ベルガ様は、御冗談もお上手なのですね? わたくしが、未来を? それは少しではなくあまりにも人間離れしているというものです。それでしたら……それでしたらっ――!」
「いえ、先んじて申し訳ありません。確かに、残酷な言葉でありました。どうかお許し下さい」
笑顔の後ろに怒りが見えた、見えたことで気づいた。
未来が見えていたというのなら、母親の死を他の人より先に知っていたということ。
それは、真実がどうあれ、簡単に誰かが指摘したり疑問をぶつけたりしてはならないことだろう。
あまりにも、残酷過ぎる。
「……お優しいのですね。メルやカタリナが心を開いた理由が垣間見えた気がいたしますわ」
「そう言って頂けるのなら幸いです。重ねて申し訳ありませんでした」
ただ、どちらにしてもこの人は間違いなく頭がキレる。
笑顔の仮面、その奥で極めて怜悧な思考を巡らしているとはっきりわかった。
じゃなければ、俺が何に対して謝罪したのかを察することも、感情をここで顕にしないこともできない。
あるいは、元の性分を隠すために笑顔の仮面を作り上げたのか。
「頭をお上げ下さい、師と仰ぐことになる方からそのようなことをされてしまっては、困ってしまいます」
「ですが」
「いいのです。誤解されることにも、心無い言葉にも慣れております。どうか、お気になさらず」
アルル様という人物を、俺はまったく知らないけれど。
「かしこまりました。では、稽古に戻りましょう」
「はい。よろしくお願いいたしますわ」
少なくとも、他人を内に招き入れず、遠ざけようとする人であることは知れた。
同時に、母親の死を、ちゃんと受け止められていないだろうことも。
……良くないけど。
今は、それがわかったことで良しとすることにしよう。
「ギフト、ですか?」
「あぁ。トリアは聞いたことがあるか?」
やってしまったと反省しながらの帰り道。
「いえ、聞いたことありません。何ですか? ギフトって」
「一言で言えばオマケだな。聞いたことないなら忘れてもいいぞ」
そう、オマケである。
ギフト持ちであっても、あまりにも些細なもの過ぎて自分が保持者であると気づかないなんてザラな話だし、持っていたからと言って何かしら大きな成功に繋げられるわけもない。
あえて言うのであれば、大きな成功を築いた人が成功に影響するギフト持ちであることはあるってくらいで、意識的にギフトを活かすことは難しい。
「うーん、気になるんですけど?」
「自分でも気にさせるように仕向けてしまったと思ったよ。今日はダメな日だわ」
アルル様との初授業は居心地悪いものになってしまったし、上手く切り替えられないでトリアに気にされるし、いかんですよ。
「珍しいですね、師匠がそんなに悩んでいるのは」
「誰がいつも能天気だって?」
「茶化さないで下さい。悩み事があってもすぐ解決しちゃうのが師匠でしょう? だから珍しいと言ってるんですよ」
「むぅ」
呆れられるが、何処と無く心配そうな雰囲気が出すんじゃないよまったく。
「トリアも見ただろうが、アルル様には剣の才能も素養もない」
「いきなりズバっと返事しにくいこと言わないでくださいよ……でも、不敬ながらボクもそう思います」
カタリナ様のように剣の才能があるわけでもなく、トリアのように積み重ねた素養もない。
「でも、もしかしたら簡単に最強の剣士になれるかもしれない」
「えぇっ!? い、いえあの、そ、それがさっきのギフト、のおかげで、ですか?」
「まぁ、な。トリアにしたら面白くないことかもしれないが」
人より少しだけ。
その部分がもしも、人より少しだけ未来を感じ取れる、というのなら。
自覚して操ることが出来たのならそりゃあ最強にもなれる。
大きな実力差が無ければ戦いになって。実力が拮抗しているのなら勝利できる。
「あ、あの、ボクにもギフ――いえ、なんでもないです」
「よく最後まで言わなかった。言ってたら説教じゃあ済まないところだったよ」
強くなるためにギフトを。
そう考えたくなるものだし、誰しも自分にギフトがあったのならと思うものだ。
けど、最初からそれをあてにして強くなろうとするものに成功はない。
結果的に成功した人が活かせるギフトを持っていたってのはそういうことだ。
知らないからこそ、慢心することなく成功までの道を歩むことができる。
「でも、その、アルル様は、本当にそんなギフトを?」
「十中八九、な」
だからこそあの時怒りを見せた。
実際に母親の死を予感して、その通りになったから、思い知ったから。
ということは、ギフトの存在を知っていたということなんだろう。
「恐らくアルル様は自覚されている。自覚していたからこそ、剣や魔法に手を出さなかったのかも知れない」
「勝ててしまうから、ですか?」
「ああ」
ただ王族とは勝ち続けなければならない存在だ。
民を纏める者として、失敗しちゃったは許されない立場にいる人間だ。
「武力を手段として選ばない人を強くする、か。いよいよを持って剣術指南役じゃあなくなってきたわ」
本当に、どうしたもんかねぇ……。