無茶無謀無理
一週間。
「~~っ!」
そんな時間で変わった光景といえば、部屋の中に術式を書きなぐった紙が山積みになっていることと、机に向かっているメル様の表情が焦燥感の強いものになっていることくらい。
「ご主人様」
「わかってる」
テレシアもこれ以上は意味がないと悟っているのだろう。
俺以外に厳しいテレシアだというのにも関わらず、メル様へ送る視線は痛ましいものを見るものになっている。
「無茶と無謀で無理を通せ、か」
「……懐かしい言葉です」
かつて言われたことのあるクソ根性論を思い出す。
メル様は今、無茶をして無謀な挑戦に立ち向かい、理がないことをしようとしている。
このままじゃそれこそ諦めるという選択肢にしか辿り着けないだろう、一度そうしたように。
だが、今はまだスタートラインにすら立っていないのだ。
死者蘇生の魔法を俺から教わるために、魔法剣士としての戦い方を学ぶことすら始まっていない。
「自覚は、されているんだと思う」
「同時に。今諦めてしまえば二度と立ち上がれないことも、でしょうか?」
頷く。
この一週間、ここに通って分かったことがある。
それがメル様が日常を崩さないようにしている理由だ。
「目に見えて弱っていることを悟られてしまえばいい様に利用されてしまうと理解されているから、いっそ不自然なくらいに公務や食事といった生活を崩していない」
「それでも結局一度諦めたところを利用された、そしてその自覚もあった。故に今度諦めてしまえば今度こそという恐怖がある……哀れだ、とは思います」
テレシアにしては優しく、人間として考えるなら厳しい言葉だ。
そしてメル様は気弱そうに見えて、あるいはカタリナ様以上に芯が強く頑固な人だった。
恐らく今度こそという予感は正しい。
今立ち向かっているメル様はわかっているはずだ、この課題が一人で向き合っていた時空魔法や死者蘇生魔法よりも遥かに簡単なものであることを。
だからこそ、こんなこともできないのなら、死者蘇生魔法は手の届きようがない夢なんだと、全てを諦めて、二度と立ち上がれなくなる。
「夢の中に生きるなんてただの地獄だ。針の山に自分が貫かれていることを自覚できないなんて拷問だ。ならやっぱり、ここら辺が頃合いなんだろうな」
「……はい。私も、そう思いますご主人様」
剣と魔法を教えるだけなら簡単なんだけどな。
やっぱり難しいな、人を強くするって。
「っ!?」
「気が付かれましたかメル様」
「えっ!? あ、あああ、べ、ベル、ガ?」
魔力を込めて手を叩いた。
込められた魔法は気付けと言っていいかもしれないが、それはいい。
「っ!! ご、ごめん! も、もうちょっと! もうちょっとで何か掴めるから! きっと、ちょっとだけかもしれないけど前に進めるから! だから――」
「いいえメル様。床に散乱している構成術式案にしても、理論にしても大きく的を外れたものになっています。このままやっても見当違いな場所へ着地するだけかと」
「そんなことないっ! あ、ご、ごめんおっきな声だして、あ、ああ、あのね? 今はね、それとは違うアプローチを考えててね? ほら、面白そうでしょ? 見てよ、これなら――」
「メル様」
「っ……」
ここまで必死であることが何よりの証明だ。
「掴め、ないのですよね?」
「ち、ちが……う」
小さくイヤイヤをする様にたじろぐメル様に、心の中で謝罪して。
「はっきり申し上げます。諦めましょう」
「いやだっ!!」
「これ以上一人でやるのは時間の無駄です」
「いやだ、いやだ……あたしは、あたしはっ!」
「違いますメル様、できると思っている自分を諦めてくださいと申し上げているのです」
「……え?」
この課題はできても良し、できなくても良しの課題だ。
自分のできること、できないことを浮き彫りにして、今の自分に何が必要かをわかってもらうためのもの。
メル様の芯の強さ、というより頑固さは、俺の想像を軽く超えていた。
だからもう、俺がメル様のプライドを叩き折るしかできないことを、申し訳なく思う。
「無茶と無謀で無理を通せ。この言葉を聞いたことは?」
「……アリアドスの言葉、だよね。魔法使いは奇跡を超えし者であれっていう」
「そうです。魔法という奇跡に立ち向かう者へ向けられた言葉であり、一つの真理と言えるでしょう。しかし、この言葉は決して今のメル様に向けられた言葉ではない」
「どういう、こと?」
死ぬ気でやれば人間できないことはない!
なんて受け取り方をしているようにしか見えないメル様だが、まったくもってそうじゃない。
「無茶とは身の丈を知らないこと、無謀とは必要な知識を持っていないこと。そして無理とはそのまま理がないこと。無茶も無謀も、そりゃあ無理にしか通じないでしょう?」
「……だからっ、それが、なんなのさ!」
「ならば身の丈を知り、必要な知識を身に付ければ、無理を超えられるのではないですか?」
「っ……」
少なくとも、俺はアリアドスの言葉をそう捉えた。
そうやって魔法の深淵へと立ち向かい、無理を超えてきた。
だったら、メル様もまた、超えられる。
「メル様はこの課題で多くのできないことに直面されました」
「……うん」
「多くの知識を持っておられても、必要な知識がどれなのか、持っているのかもわからなかった」
「うん」
「ならば私が教えましょう。一先ずは、誰かの力を借りる方法から」
「う……ん……っ」
目からはぼたぼたと、大粒の涙がこぼれていた。
理由はわからない、察することはできるなんても言えない。
それでも、俺はやっぱり彼女を強くしたい。
「初めまして、メル様。私が当代剣聖となりました、ベルガ・トリスタッドと申します。どうかよろしければ私の生徒になって頂けませんか?」
「うん……うんっ! メル、メルだよっ! よろしくお願いします! ベルガ先生!」




