没頭癖
「うーん」
目下頭を悩ませてくれているのはメル様のこと。
昨日の授業に向かったのはいいんだけど、一切反応してくれなかったんだよな。
俺を無視していたわけじゃない、課題についての研究に没頭していて気づかれなかったんだ。
課題を出した手前、それに関する勉強を止めることが出来ず見守るだけになってしまった。
抱きついてきたテレシアは静かでいいですなんて言ってたけども。
熱心を通り越して鬼気迫るなんて雰囲気で、あまりよろしくない兆候である。
「先生?」
「あぁいや、申し訳ありません。整理体操が終われば今日の授業は終わりです、お疲れさまでした」
「まだ始まってすらないんだけど」
「師匠。昨日メル様の稽古から帰ってきてからずっとそんな調子ですよ? 大丈夫ですか?」
いかん、ちょっと悩みすぎてるな。
これじゃあカタリナ様やトリアに申し訳ない、切り替えないと。
「健康的な意味でなら大丈夫。だが、なぁ」
「メル姉ぇのこと?」
「……ええ。そうですね、この際なので少し相談に乗ってもらってよろしいですか?」
流石にお手上げだ。
もちろん無理やりこっちへと意識を向けさせることはできるけれど、趣味じゃない。
かといって最低限食事だなんだはしている以上、努力をやめろとも言いたくないし、こういう時は身内の人に相談すべきだろう。
「も――もちろんよっ! なんでも言ってくれてかまわないわっ!」
「はいっ! ボクに出来ることがあれば!」
うん? なんかめっちゃ目をキラキラさせてるけど、どうしたの?
それだけメル様のことが心配なのか、重ねて申し訳ない。
「現在メル様にはファイアポイントを24時間維持する魔法を作るという課題に取り組んでもらってるのですが」
「はい終了」
「お疲れ様でしたー」
「待ってくださいっ!?」
なんなのその連携!? 打ち合せでもしてた!?
「だって、ねぇ?」
「魔法のことは詳しくありませんけど、その課題が無茶苦茶なことはわかりますよ」
「無茶でも無謀でも、ましてや無理なんかじゃないんだって。とりあえず話を聞いてもらえないか?」
二人にしてみれば24時間素振りを続けろと言われたようにでも感じたのだろうか? それだったら確かに無茶苦茶だけれども。
「ファイアポイントという魔法は、指先に火を生んだ状態を維持する魔法です。主に周辺を照らす明かりとして扱うことが多いですけども、極めれば鉄板くらいなら一瞬で融解させられるほどの熱を発生させることが出来るという中々どうして優れものです」
「ファイアポイント自体は知ってるわよ。鉄板を溶かすなんて初めて聞いたけどね」
「やっぱり師匠はもうちょっと自重するべきかと」
なにこれ辛い、わかってくれない。
「中級魔法使いの一般的な力量で24時間維持することは可能です。聖級魔法使いであれば鉄の融解は十分に現実的ですし、おそらくメル様も可能ですよ」
「……ほんとに?」
「自分で一度聞いてみては如何ですか? きっとできると仰りますよ?」
「まぁいいわ。それで? ファイアポイントがどうしたのよ」
ぐぬぬ、つっけんどんな態度を取られるよりこっちのほうが辛いかもしれないぞ。俺の扱い雑過ぎない?
「少しのめりこみ過ぎと言いますか。昨日、私が授業に行ったとき、こちらの存在に気付いてすら貰えなくてですね。声をかけてもダメでしたし、かといって努力されているところを邪魔するのもダメですし。どうにかならないかなと」
「そ、それはすごい集中力ですね……師匠を無視なんて、ボクにはできませんよ」
その代わり雑には扱えるからいいじゃん、いいじゃん。
別に拗ねてないし。
「あー……うん、そんなメル姉、見たことあるわ。そうなったらほんっと、自分で解決できるまでその調子よ? こんなこと言っていいのかわからないけど、諦めたほうがいいわ」
「やはり魔法関係でですか?」
「そうね。あの時は……なんだったっけな? 時間を操る魔法がどうのって言ってた気がする。結局、ダメだったみたいだけど」
時空魔法に手を出そうとしていたのか、メル様は。
時を巻き戻してルリア様を甦らそうとしたとか? だとするなら俺と似た着想の持ち主だ。
「それはつまり、結果が出るまであの状態が続くということでしょうか」
「そうね。今もあの時も、ちゃんと公務はしてたしご飯も食べてお風呂も入ってたから……お母様が亡くなられてそう時間も経ってない時期だったし、しばらくそっとしておこうって」
なるほど。
死者蘇生の方法として時空魔法に目を付け可能性を覚えた。
けど、まぁ時空魔法はそんな便利な魔法じゃないし、仮に死ぬ一時間前に時間を戻しても一時間後に死んでしまうのだから意味がない。
「どれくらいの期間そうなっていましたか?」
「えぇっと……確か、半年くらいだったと思うわ」
半年、か。
長いと思うべきか短いと思うべきか。
独学でとなると、短いと思うべきだろうな、半年の間ずっと時空魔法について調べていたんだろう、そして結論にたどり着いたというなら、やはりメル様は魔法の才能がとんでもない。
「時空魔法より遥かに簡単なのですけどね。けど、思考の袋小路に行き着いてしまっているというのなら簡単なだけに抜け出しにくそう、か」
簡単というのも一般的な魔法使いが考えるなら、だし。
少しの間このまま様子を見て、動きがなさそうならこっちからアプローチをするか。
「わかりました。ありがとうございます」
「ん、いいのよ。けど……メル姉のこと、ちゃんとお願いね? 大丈夫だったけど、あの時みたいに心配したく、ないから」
家族に向けるその優しさをちょっとでもいいから俺に向けてほしいな……けど、俺も大概だしな、無理だな。
「お任せください」
けどまぁ、俺としてもメル様にちゃんと強くなってほしいからな。
俺とちょっと似ているメル様だから、俺みたいにこじれてしまわないようにしないとね。