トリアの成長
「師匠」
「うん?」
夜はトリアの時間。
「ボクは……成長、したでしょうか?」
最初の頃は、剣聖につきっきりで教えてもらうなんてーとか言ってたのに、今やすっかり当たり前だ。
いい意味で慣れてくれたと思う、こんな質問ができるくらいには。
「自分ではどう思う?」
「わかりません。あ、いえ、師匠に稽古をつけてもらってるんですし、きっと成長してるとは思う、んですけど」
「姫様を見て不安になったか」
「……はい」
悔しそうに下唇を噛むトリアの気持ちもわかる。
実際、カタリナ様の進歩、成長は眼を見張るというか驚異的の一言に尽きるものだし、何よりわかりやすい。
トリアとて点数が表示される木人を使ってはいるものの、ずっと横ばい。
兄弟子なんて言ってしまったし、余計に歯がゆく思ってしまうのだろう。
「間違いなく成長してるよ」
「それは」
「安心させるために言ってるわけじゃない。お前が言う成長とは成果だ。姫様があの木人をぶっ飛ばしたように、お前もそれに当たる何かを欲しいと思ったんだ」
「……成果」
本当にいい傾向だ。
俺が言った成長とは、欲するようになったという点を指して言ったつもりだ。
「よく思い出せ。騎士団にいた頃でも強くなりたいとは思っていただろうが、具体的にどうなりたいなんて思えなかったはずだよ、お前は」
「あ……はい、確かに、そうです。団長やビスタさんみたいになんてとても考えられなかったし、できるわけがないって思ってました」
「それはあまりにも遠すぎるって思ってたんだ。でも、こうして俺の弟子になって、姫様と一緒に稽古をするようになって。おぼろげながらもなりたい形が近くに見えてきたって証拠だよ。それは、成長じゃないのか?」
若干表情は晴れたか、そのとおりだと思いますと小さく頷いてくれた。
ただ、成果だって必要なのは確かなんだ。
昼にカタリナ様があれだけ喜ばれたように、実感として手に取れるかどうかは大事なこと。
「うーん……」
「師匠?」
とは言えトリアだ。
マインゴーシュはどうやっても守備に秀でた武器であり、派手な成果ってのは得ることが難しい。
そもそも実感しやすいのならトリアはこうして不安になったり、悩んだりしていなかっただろう。
「トリア、俺と組手するか?」
「いいっ!? な、何言ってるんですか! 今日で改めてこの人無茶苦茶だって思い知ったばかりなのに!」
そうだよなぁ。まだ、俺と普通に組手ができるような実力はない。
組手の形になるよう手加減することはできるが、今トリアが欲しているものには繋がらないわけで。
「あ」
「えっ!? なんですかその良いこと思いついたみたいな顔はっ! 騙されませんよ!? 絶対また無茶無理するつもりでしょう!? 今日だって――」
「トリア、お前シェリナと組手しろ」
「は――はいぃ!?」
「かしこまりました」
「かしこまりましたじゃないです!? え、なんで即答しちゃうんですか!? なんかお二人の距離も近いし! 何!? 何があったんです!?」
「剣と魔法でわからせた」
「はい。ベルガ様のたくましい剣と、ありえない魔法で、気持ちよくわからされました」
「たくましいつるぎっ!? ま、まほっ!? きもち――ひぅ」
おーおーシェリナ? なんでお前は頬を染めているんだよ。
というかトリア、卒倒している場合じゃないぞ。
シェリナに話を持ちかければ二つ返事だった。
あの件以来、俺を殺そうとしてくることもなくなったし、何か頼めばこうして大体のことはすぐ対応してくれる。
「一応確認しておくけど、シェリナは短剣術も大丈夫だよな?」
「もう、私のことをご存知でございましょう? 野暮というものです」
「ごじょんじ……や、やぼ……」
「はいはい、そういうノリは良いから。見立てではビスタと同程度だと思ってる。暗殺術と組み合わせればまた違うだろうが」
その通りだとシェリナが小さく頷いた。心なしか胸も張ってるし、実際にビスタとやり合える程度には自信があるんだろう。
初めて会った時から思っていたけど、やっぱり実力者で違いなかった。
「トリア」
「はひゃっ!? ひゃいぃいっ!?」
「落ち着け。良いか? シェリナが使う短剣はお前が扱うマインゴーシュよりも更に間合いが狭い。いつもやってる姫様相手の感覚でやるとえらい目にあうからな」
短剣術とは言うが、実際は体術に近い物が多い。
シェリナであれば特にそうだろう、暗殺術は基本的に短剣術と体術を合算したような術だ。
もちろんそれに加えて罠の知識や投擲術、気配の断ち方だも必要だが、近距離で戦う場合はそう。
「ちょ、ちょっとまってくださいね? すー……はー……」
「ベルガ様のたくましい剣」
「ぶほっ!?」
「シェリナ?」
「失礼しました。少々、可愛らしく思いまして」
仲良きことは美しきかなだけどさぁ? 時と場合と場所を考えような?
「盤外戦術も大概にしとけよ」
「……もう、そこまでトリアさんを可愛がらなくてもよろしいのでは? 拗ねてしまいます」
「げほっ、ごほっ……え、えぇ?」
小さく唇を尖らせるシェリナの顔を見て、むせこみから復活したトリナは首を傾げた。
「トリアさん」
「は、はい?」
気持ちはわかる。
だって。
「どうかご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」
俺とシェリナは、トリアのほうがシェリナよりも強いと思っているのだから。