エサの質
「しょ、正直、ぜ、ぜぜ絶対通用しない、と思ってた。だから、やった」
「そうですね。正しい評価と認識かと思います」
屋敷に仕掛けられた魔法陣が本当にメル様によるものだったとするのなら。
舐められていると思ってついやっちまったぜノリで雑に隠蔽もせず破壊したんだ、感じ取れたはず。
壊され方を考えれば、自分との力量差が嫌というほど。
「で、でで、でも、さ」
「はい」
赤の反対は青なんて誰が言い出したのかは知らないけれど。
「ま、魔法自体を、無効化するんじゃなく、じ、じん、陣地の構成、か、書き換えられて無効化されるとは、思わなかった、よね」
澄んだ湖に映る空を思わせる、透明感のある青髪をかきあげながら、困ったという風に笑われた。
「もう一度やりますか? 構成、元に戻しますよ?」
「たはは……そこまで、い、言われると、悔しくも思えない。ど、どど、どうする? 父様に、報告、する? 誤魔化しも、て、抵抗も、しない、よ?」
こうして見ると美人だなと思う。胸は真っ平らだけど。いや、胸は関係ないよね……。
どもりがちな口調とは裏腹に、明るい緑色の瞳には覚悟の色が浮かんでいる。
カタリナ姫の二つ上、俺の一歳年下と言うにはちょっと難しいと思えるくらいに幼さの残る顔立ちだから、余計鮮明にどれほど強い覚悟だったのかもわかるってもんで。
「だ、だけど、ひ、一つだけ、お願い……うぅん、聞かせてほしいこと、ある、の」
「なんでしょうか?」
「死者蘇生の魔法……し、知ってる? あなたほどの、ま、魔法使いが、知らないって、言うなら、あたしも、諦められる、から。一緒のところに、いける、もん」
死者蘇生、かぁ……。
なんとなく、見えてしまったかもしれない。
「ルリア様、ですか」
「……うん」
ルリア様とは陛下の王妃、つまりはメル様の母親だ。
三年前だったか、病で亡くなられたって国中が喪に服したことはまだ記憶に新しい。
俺を殺そうとすることと、どういう繋がりがあるのかまではわからない。
想像することはできるけど、多分に憶測……邪推が混じってしまうし、それは一旦おいておこう。
「端的に言えば、知っています」
「っ!! ほんとっ!?」
魔法使いを志す理由としてはそれなりに聞く話だ。
俺は違うが、それでもあの人を生き返らせることができたらなんて何回も思ったことだし。
「本当です、それどころか扱える。ルリア様の場合、天寿を全うされて亡くなられたわけでもありません。ご遺体はもう人の形を保っておられないでしょうから、少し工夫が必要ですけどね」
「あたし! 剣術でもなんでもやるからっ! そうだ! あたしが国を継いだら、キミを王にしてあげるっ! 言うことを何でも聞くよっ! だからお願いっ! おねがいだよっ! どうか、どうか母様を――」
「そうやってすぐに食いつくから、利用されるんじゃないでしょうか?」
「っ!?」
図星、か。
邪推が正鵠を射てしまった。
つまるところ、シェリナへ俺の殺害を命令したのはメル様だが、そうするようにした大本が存在しているってことだ。
そしてメル様はどう見ても魔法使いで、つまるところ魔法派の旗印。
……やだなぁ、自分たちが力をつけるためにならお構いなしってレベルじゃねぇぞ。
「メル様。私の願いは一つだけです」
「なっ! なにっ!? うん! 何でも言ってよ! あたしにできることなら、なんでもっ!」
「良かった、なら強くなって下さい。私の剣術指南を受けて、ね」
「え……? そ、そんな、ことで、い、いいの?」
そんなこととはまた酷い。
これでも俺は剣聖で、あなたに認められようが認められまいが、剣術指南役に他ならない。
カタリナ様も、まだ顔を見知っただけのアルル様もそうだ。
三人とも、既に俺の生徒で、彼女たちの成長以外に望むものはない。
「察するに、メル様は死者蘇生の魔法を使えるようになるため独学で魔法を学び続けてきた。それこそ、剣の練習なんてしている場合じゃない、部屋から出ることすら最低限になってしまうほど」
「う、うん……そ、そう、だよ」
この陣地には疲労緩和、睡眠抑制、食欲減少と言った効果が仕込まれている。
それだけ母親を蘇らせたいんだろう、自分の命を削ってでも。
「そして、誰とは言いませんが言われたのではないですか? 死者蘇生魔法研究に協力すると」
「そ、それは……」
「いえ、失礼しました。邪推というヤツです。しかし、もし事実であった場合、そいつとの関係は断ち切ることになります。私の剣術指南を受け入れるということは、事実上そうなるということですから」
魔法派に属している人間が、剣を学び始める。
そりゃあ裏切られたじゃないけど、そう思うだろうよ。
現実としては今まで用意してたエサよりも、より美味しいエサを用意したってだけだが。
「だい、大丈夫。母様を蘇らせること、以外、どうでもいい、から」
「わかりました、良い覚悟と選択です。ではこうしましょう。私がメル様の強さを認めれば、死者蘇生の魔法を教えます。当然、頑張れば頑張るほど目的は早く達成できるでしょう。如何ですか?」
「うん……うん。あたし、やる、やる、よ。だから、剣術、教えて、下さい!」
チョロ過ぎるぞこの人。
でも俺のやってることって悪人紛いのことだよな……こんなのが剣聖でほんとにいいのか? 良くない。
「では、恐らくこの方法以外にないでしょう。一つの死者蘇生魔法をお見せします」
「えっ!? い、いいの!? あ、あた、あたし、まだ何も、してない、よ?」
「術式を見て再現できるならどうぞ。私は不可能だと確信していますが」
普通は先にできることを見せるだろうに。魔法派の人はバカなのかな? ちょっと苛ついてきた。
……まぁいいや。
多分、解放してくれってのはこの部分だろう。
魔法派から良いように使われてしまっていることは別として、母親という存在の呪縛からの解放だ。
「――テレシア、顕現」
「え、え……うわわっ!?」
「おはようございます! ご主人様っ! こうして実体化するのはもぉっと久しぶりですね! お会いしたかったですぅっ!」
がばちょと現れるなり抱きついて来たテレシアの頭を軽く撫でて。
「俺も久しぶりにお前を感じられて嬉しいよ。けど、その前にご挨拶だ」
「あっ! 失礼しました! ごめんなさい! ご主人様の愛剣にして愛犬であり愛人のテレシアと申します!」
テレシアは、そんな挨拶を、俺に抱きついたまま、目を丸くしているメル様に向かってやった。




