熱いお出迎え
「毎日じゃなくなるってどういうことよっ!」
「稽古を気に入ってもらえたようで何よりなのですが――」
「気に入ってないわよっ!」
どういうことなの。
陛下に姫様……いや、カタリナ様の近況を報告するとともに、メル様への指南も開始することを告げれば目を丸くされた後大笑いされた、こっちもどういうことなんだよ。
「偶数日をカタリナ様、奇数日をメル様の剣術指南にあてたいという話です。とはいっても、目途が立てばカタリナ様とメル様への稽古を一緒に行い、空いた日にアルル様への剣術指南を。最終的には全員が同じ日、同じ時間に稽古をできるようにと考えていまして。そのためのステップですよ」
「う、うぅー!」
何を難しい顔して唸っているのやら。
いや、授業の時間が減るのが嫌だって気持ちは分かるし、そう思ってもらえるのは嬉しいんだけど。
「私の身体は一つしかない、なんて理由もありますがそれ以上に。私が常に張り付いて稽古する意味が今のところないのですよ」
「そんなことないわっ!」
「あ、はは……姫様、後で顔真っ赤になっちゃいますよ? 落ち着いてください」
トリア、お前も説明した時カタリナ様と似たような反応してたじゃないか。
心なしかボクはわかってますよみたいな雰囲気出してるんじゃないよ。
「ありがとうございます。カタリナ様に稽古をつけ始めて半月になりますが、かなり剣の腕が上達した。そう思ってもらえているからこそのお言葉だと思います」
「ひ、否定はしないわっ!」
「ですが、それは今まで自分自身に適した稽古をしてなかったからこそ、いきなり強くなった気がしているだけとも言えます」
語学を身に着けたいと思っているのに、本自体を読む練習をしていたようなものだ。
ちゃんとした学び方を身に着ければ、いきなり世界が広がったかのように錯覚してしまう。
「同時に、本来戦闘思考力というものはすぐ身に着けられるようなものでもありません。率直に言ってしまえばカタリナ様もトリアも、わかった気になっている状態と言えるでしょう」
「む、むむ……」
「お気持ちはわかります、姫様」
トリアが慰めるように声をかけるが、フォローというよりどことなくマウントかましてる雰囲気があるな。今晩の稽古は覚えておけよ。
「私がいない日は、トリアと共に木人への打ち込みと約束組手を。私がいる時には通常組手と約束組手をするようにしましょう。私がいないときに手を抜いても構いませんが、ちゃんとバレるってことは覚えておいてくださいね」
「はい! 師匠!」
「……わかったわよ。私だけが先生を独占するって言うのは、国にとっての損失だと思うし……認めるほかないわ。メル姉ぇのこと、よろしく。へっ、変なことしたら! 承知しないからね!!」
変なことってなんだよ、するならアルル様にしたいよ……いや、なんでもない。
「連絡は以上です。それでは、私はこのままメル様の部屋へと向かいます。トリア、陛下と侍女長さんには言ってるから。終わったら侍女長さんに連絡するようにしてくれ」
「わかりました!」
そんなわけでメル様の私室まで来たんだけども。
「え、連絡届いてるよね?」
入ってくるなと言わんばかりの雰囲気が部屋から漏れてきている。何? ひきこもり?
そういえば初めてお会いした時も嫌々な感じを全く隠してすらなかったし、本気で出不精なのかもしれない。
「でも、仕事だし、シェリナとの約束もあるし……ん?」
どうしたもんかと思いながらも近づいて、扉をノックしようとしてみれば。
「魔法工房化してる? いや、魔法研究所化……?」
どちらも周囲に被害が出ないようにするってマナーみたいなもので、魔法陣作成の基礎でもある。
だがこれは……どちらかが判別つかない。
むしろどっちとも言えるし、どっちとも言えない。混成陣構築だ。
「へぇ……面白いな。無駄だらけだけど、確かにこのアプローチの仕方は興味深い、って」
これってもしかして屋敷の基礎に埋め込まれていた三重陣のベースか?
なるほど……なるほどっ!
そうだよな、俺を殺すって命令したのがメル様なら、あの魔法陣を仕掛けたのがメル様でもおかしくない。
シェリナはメル様のことを魔法に愛されすぎた人と言っていたが、少し違う。
天才ではなく鬼才だ、奇抜で普通の魔法理論を知ったことかと無視して、独自の路線を貫こうとしている。
「やばい、テンション上がって来た」
俺も大概天才だなんだと言われてきたが、これは全く別のベクトルだ。
魔法行使、というより魔法開発に関して、相当な才能を感じるぞ。
「そうと決まれば――失礼します、ベルガです。剣術指南についてお話に参りました」
ノックしてもしもーしと。
うきうきな内心を落ち着かせながら返事を待つ。
――入っていい。
わぁい、のりこめー!
あー、でもさ。
「そして、死ね」
「流石にバレバレだと思うんですよね」
部屋の外にまで詠唱魔力が漏れてるのは頂けないってもんだ。
「……え?」
入った瞬間目の前にでかい炎がお出迎えしてくれた。
「中々の火炎魔法、お見事です。部屋のどこかが燃えているわけもなく、陣構築技術も素晴らしい腕をお持ちのようで。ですが――扱う人が、未熟では魔法が泣いてしまうというものですよ? メル、様?」