先駆者、開拓者
「……これ、やべぇのができたな」
「そ、そんなに、かい?」
メル専用武器が完成したとの連絡を受けてリアの下にやってきた。
自信満々に見せてくれた宝石剣。
不可視、とまでは言わないがダイアモンドがベースだからか刀身は透明で、一見しただけではこれを見て間合いを測るのは難しいだろう。
大きさはショートソードより少し短く、かと言ってマインゴーシュ程ではない。
バックソードに似た性質の剣だ。技術を要しはするだろうが、重さもかなり軽く、これならメルも負担なく操ることができるだろう。
「あぁ。おだてるつもりは欠片もないが……これは宝具級じゃない、アーティファクトそのものだ」
「アーティファクト!?」
付与魔法だなんだを仕込むことなく魔法のような効果を発揮する道具のことを宝具級と称するけれど。
この宝石剣は、最早存在自体が魔法だ。
鉄なんかに比べて圧倒的に硬度が足りない宝石が、付与魔法によって同等かそれ以上の強度に保たれている上に、一般的な刀剣類と同程度に斬れ味もあるだろうこの刃は。
付与魔法で武器の質を確保するのがリアの鍛冶技術だ。
だが付与魔法を仕込めば仕込むほど元の素材、この場合は宝石の持つ魔法性を落としてしまう。
にもかかわらず、この宝石剣はほぼ十全に宝石の力を損なっていない。
「あぁ、誇っていい。並の、いや。恐らくこの剣を打てる鍛冶師はリア、世界でお前一人だけだ」
「っ!?」
トリアのイル・ガーディア、アルル様のニノタチイラズ。
そしてこのメルへ渡すために打たれた、宝石剣。
いずれも確かに製造するために最高級の素材を渡したし、リアの腕というか付与魔法技術を考えればそれなり以上のものができる確信はあったけど。
鍛冶、細工技術と付与魔法技術を、これほど高い次元で融合できるようになったとは。
「銘は?」
「あたいが……アーティファクト……世界であたい、一人だけ……」
あ、ダメだトんでる。
「リア、誇っていいとは言ったが、よく聞け」
「え……あ、な、なんだいそんな真面目な顔して」
「世界で唯一。これはつまり先駆者、あるいは開拓者となったに等しい。着想自体は従来の鍛冶製造方法から得られるかも知れないが、今後見本や手本といったものは無くなったということだ。前を見ては誰もおらず、後ろを向けばリアの後に続き、あわよくば抜き去ってやろうという人間が現れるということ」
「っ……」
未踏に挑む者になったということ。
そしてこの技術を持って作られた武器は武闘会でお披露目される。
ならばこの宝石剣に注目する人間がいてもおかしくないのだ、技術を盗んでやろうと。
あるいは。
「リアは俺の、ベロニカ王家の専属鍛冶師……いやもう鍛冶師という名前には収まらないな、魔冶師とでも言っておくか。ともかく今はうちの雇われだ。だが今後、この宝石剣を打ったことで他の国からスカウトが来る可能性は十分にある。拉致といった乱暴なものも含めてな」
「ら、拉致!?」
「手段を選ばず欲されておかしくないって意味だよ。もちろん、乱暴で意に沿わない選択を強いてくる輩相手は俺が責任を持ってなんとかする。だが、俺としてはリアの選ぶ道を尊重したい」
契約期間はまだ残っているから、その間はコキ使わせて貰うけれども。
契約が終われば。
「選ぶ、道……」
「リアはこれで選ぶ自由を得た。ベロニカって国から見ればここに引き止めて置くために多くの何かを差し出す準備をしなくてはならないほどのな。そんな立場になったリアは、ベロニカから出て他国に活躍の場を求めたり、喧騒から離れて別の何処かでひっそり静かに暮らすなんて選択肢もできた。どういう選択をしても俺は祝福するよ」
リアだけに限らず。
国が変革の時を迎えたように、ベロニカに居る多くの人も変革の時を迎えた。
あるいは飛躍の時を迎えたでも言うのか、その中に俺も居る。
多くの人が持つ可能性を俺は否定したくないし、限定もしたくない。
あるがままに、望むままに。
自分の持てる責任の範囲で自由に挑戦したりしていいと思っている。
「旦那は、その、さ」
「なんだ?」
「あたいにずっとこのままでいて欲しいなんて、思わないのかい? 今みたいに専属でいて欲しいなんていうのか、さ」
「もちろん思ってるよ。この宝石剣を俺にもなんて特に思ってるし、今後リアが作り出すだろう武器を誰よりも先にお披露目してもらいたいとも思う」
そのためにもアルル様に予算を特別に組んでもらわなけりゃならんとか、割と真面目にどうすればいいかと考えてもいる。
「そうかい……いや、だったらいいんだ。あたいは旦那に拾われた身さね、いらないと言われるまでは旦那の専属で居たいと思っているよ。だから、その……しっかり、大事に守ってくれよ?」
「当然だ、安心してくれ」
任せろと胸を叩いてみれば、リアはなんだか嬉しそうな、安心したような顔をしてくれた後。
「この宝石剣の銘は、虹色の方舟。使い方は旦那のほうが理解しているだろう? メル様に、よろしく渡しておくれ」