ぶきっちょな愛弟子
日々には学びが溢れている。
何でもかんでもに感動して、あれもこれもに興味を持てというわけではないけれど。
やっぱり人間、成長するには学びが必要なのである。
それは例えばデートの仕方だったり。
カタリナに関しては以前の約束という口実もあったから迷うことはなかった。
しかしながらメルには悪いことをしたなと思っていたりするのだ。
なんだかんだで一緒に本を読むのは楽しかったし、メルもメルで俺の膝上に座りながら別々の本を読むとか中々に高度なことをして楽しんでくれていたように思うけれど。
ともあれ、彼女たちは俺の生徒だったり、一国の姫であったりする前に女の子なのである。
あまり世間の流行に詳しいわけじゃないが、どうやら今王都ではシュークリームなる甘味が人気らしい。
甘いもの……良いじゃないか。
俺も甘味は嫌いなわけじゃないし、カタリナがこの前離宮のキッチンでこっそり食べていたのを見かけたし。
甘いものが嫌いな女の人はいないだろう、偏見かもしれないが。
「トリアッ! デートに行くぞっ!」
「え? イヤですけど……」
……えぇ?
離宮から城の中を歩くこと少し。
落ちこぼれなんて言われていた騎士見習いが今や近衛として王城に住むなんて大出世だよな。
デートの名目とは別に、改めて出世祝いなんかもできればなぁとか思いながら城に出来たトリアの私室へやって来ればこれである。
「いや、あの、えぇと……ほら、三週間の約束で、な?」
「あぁ、それボクにもだったんですね? ありがとうございます」
あ、でも大丈夫そう?
「ですが師匠、すみません、遠慮しておきますね」
「……」
あ、あれ?
トリアってばこの間俺のこと好きーとか言ってたよね?
もしかして俺、謀られた? あれれぇ?
いや、というかなんだ俺のこのムーブは。
傍から見ればマジで愛人から愛人の下へと渡る、クズ浮気野郎なんじゃないか? 思わず訝しんだ。
「え、えぇと? 師匠?」
「すまん、トリア……どうかこんなクズになった俺という師を許して欲しい……」
「いぃっ!? な、なんで落ち込んでるんですか!? そ、そんなにボクとデートしたかったんです!? そんなわけないですよね? それはもう解釈違いで大変なことになりますよ!?」
解釈違いってなんだ……俺はまさに今自分への解釈で頭を抱えているぞ……。
「あぁもうっ! そのですね! ボクだって師匠とデートしたいですけどもっ! ボク! 不器用なんで! そういう事しちゃったら夢中になっちゃうから遠慮しておきますって言ってるんです! 言わせるなこの朴念師匠!」
「え、あ、はい」
頭を抱えていればトリアがキレてた。
ごめんなさい。
「まったくもう。師匠はホントそういうところですよ?」
「どういうところなんだ……」
結局の所、デートがダメなら稽古すればいいじゃないということで。
「でもまぁ、いいです。他の皆さんには申し訳ないですけれど、こうして一対一の稽古一足先にできますし」
「……勤勉な弟子を持てて俺は嬉しいよ」
ある意味これもデートなのでは? なんて思うけれど、トリアの中では違うのだろう。
俺としても、こういう形の逢い引きは大歓迎だし。
「勤勉? ほんとにそう思ってます?」
「言葉の意味としては近いんじゃないかな」
侮辱するわけじゃなく。
トリアはやっぱり剣や魔法の才能には恵まれていない。
トリアにあるのは圧倒的な積み重ねだ。メルやカタリナが軽く登れる階段を、息を切らせて一生懸命足元に努力という土台を重ねてのぼり上がる。
「はぁ……なんでそういうところは鋭いのが困ったものですね」
「褒め言葉だと思っておくよ」
アルル様がこっそりしていた自主練習に感動はしたけれど。
そもそもアルル様がこっそりやってる練習の倍以上トリアは自主的に稽古を今も積んでいる。
もちろん、師匠である俺が監督することもあるが、毎回都合よく時間が合うわけじゃない。
それでも、たとえ一人であっても。
トリアは毎日仕事が終われば、隙間時間が見つかれば、訓練場に籠もっては素振りや木人に向かって剣を振っている。
「ボクは、不器用ですから」
「あぁ、そうだな」
カタリナやメルに浮かれるなと言ったは良いけれど、俺も大概浮かれていた。
不器用なトリアが、デートなんて時間を楽しめば、あっという間にカタリナやメルに置いていかれてしまうなんてわかっていたのに。
中々残酷と言うか、酷いことを言ってしまった。
「でも……今ボクの前にいるのは、先生じゃない。ボクの師匠です」
「あぁ、そうだ。そしてお前は俺の唯一人の弟子だ」
「はい。今は、それでいいんです、それがいい。ボクが師匠とするデートは、まだ稽古であるべきです」
少しは肩の力を抜けとか、休む時間を大切にしろとか。
休息は大切という意味でなら言えるけれども。
トリアの強さは、守りたいだなんだから来るものじゃない。
圧倒的な積み重ねるという意志だ。
目も眩むような才能を持つ相手であっても、必死に食らいついて、肩を並べ続けてやる、追い抜いてやるという、緩まない意志。
「だから、今日は……そうですね、八割組手で、お願いします」
「わかった。なら今日はとことんトリアが満足するまで付き合うよ」
「ありがとう――ございますっ!!」
そうだな。
それでこそ、俺の愛弟子だ。
これからも、よろしくな。
俺が緩みそうになった時は、頼むわ。
お前に、学ばせてくれ。