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ニノタチイラズ

 最近ものすごく調子が良い。


 理由は言わずともがな、新しい魔法を編み出したことと、アーノイドの協力あってある程度のコントロールを身につけることが出来たからだ。


 ――ご主人様が嬉しいならわたしも嬉しいです!


 脳内でぶんぶん尻尾を振っているテレシアの姿を幻視してしまう。

 テレシアに言わせれば嬉しい、機嫌がいいというように見られているようだがまぁ似たようなものだろう。


 それに。


「三週間ては短いようで長かったですね。こうして皆が揃ってくれて嬉しいですよ」


「ええ、お待たせ致しましたと言うべきか、最初に謝罪を申し上げるべきか」


「良いんですよ。楽しみにしてますから」


「はい。ご期待に応えますわ」


 稽古も再開である。

 アルル様もこうして顔をちゃんと見せてくれたし言うことはない。


 今もなお俺とアルル様の間に一つ隔たりのようなものは感じるが、改めてそれは今日から埋めるべきことである。


「で……ですが」


「あうあうあう……」


「ひゃ、ひゃい……」


「あははー……」


 あと一週間待ってくれとはなんだったのか。

 この場にいることでいっぱいいっぱいと言った様子のお三方。


 今日までも散々逃げられたというか避けられたというか。

 実に俺としては平和な日々ではあったし、おかげで魔法のことに集中できたからいいんだけど。


 仕方ない、稽古前にワンクッション入れようか。


「アルル様」


「はい?」


 ストレージからリアに依頼していたブツを取り出す。


「……これ、は?」


「アルル様専用の得物、刀です」


「抜いて、みても?」


「もちろんです」


 鉄拵えではなく白木の鞘から刀身を抜こうとするアルル様だが。


「きゃっ……か、かる、い」


 練習用に使っていた刀との一番の違い、それが重さ。

 いつもの調子で抜こうとしたんだろうけど、驚きを持って刀身の半分くらいまで一気に引き抜いてしまった様子。


「銘を斬り拓く刃(ニノタチイラズ)。そうですね、そのままもう一度鞘に納めてもらっても?」


「え、ええ」


 驚きが抜けきらないのか目を丸くしたまま納刀するアルル様。


 そのまま……へぇ? 自然と脇構えの位置に持っていくのか。

 こりゃ、ロザリーさん相当アルル様のこと仕上げたな? あーくそ、預けて正解だと思うのは癪なんだけどなぁ……。


「ベルガ?」


「あぁいえ、失礼しました。では、こちらの木人を斬ってもらっても?」


「あ、それって」


「そう。カタリナが使っていたもので、設定もカタリナに合わせたものです」


 ついでにいい加減目を覚ましてもらおうか。


「設定? その、よくわからないのですが、斬ればよろしいのですね?」


「はい。お願いします」


 少しむくれているカタリナの顔を尻目に、その場から少し距離を取る。

 距離をとった俺を見て、カタリナが更に面白くなさそうな顔をした。


 そりゃそうだ、態度で斬れると示しているのだから。

 斬れる、つまりはカタリナの100点と同等かそれ以上の一撃が繰り出されると俺が思っているということ。


 カタリナとしては、面白くないだろう。

 仕方ないとは言え中々稽古に参加出来なかったアルル様に比べて、カタリナのほうが当然努力を積み重ねているし相応の自信も身についている。


 そんな相手が、自分の最高の一撃に迫るなんて言われて面白く思うわけがない。


 けど。


「っ……」


 木人の前で抜刀術の構えを取るアルル様を見て、表情を変えた。


 カタリナだけじゃない。

 メルも目を丸くしたし、トリアも目を細めた。


 基本が出来ている。

 三週間前、言っては悪いがアレほどへっぽこだったアルル様が、だ。


「参りますわ」


「いつでもどうぞ」


 そして。


「シッ――」


 刃が煌めいた。


 コン、と木の鞘ならではの鍔鳴りが鳴ったのと。


「――え?」


 木人が破裂したのは同時。


 もひとつおまけに。


「は、はぁああぁあ……」


「あ、アルルちゃんっ!?」


 アルル様が腰を抜かしたのも。


「お見事でした」


「い、いえ~……というかベルガ、知っておりましたのね?」


「刀を振られていることだけは、ですがね」


「刀を渡された時に覚悟はしておりましたが……何やら恥ずかしいですわ」


 照れ笑いを浮かべるアルル様へと手を伸ばしてみれば、頬を染めながらその手を握ってくれたアルル様。


「ね、ねぇ、ベルガ、さん」


「落ち着け。これにはちゃんと絡繰りがあるんだ。アルル様、ニノタチイラズを貸していただいても?」


「ええ、もちろんですわ」


 刺激になったのは確かだろうが、このまま劇薬にしておくつもりはない。


「このニノタチイラズ。銘の意味は、二撃目を必要としないというもの。そして、その名の通り――ハッ!」


「え、あ、あれ? せんせ?」


 もう一つ木人を設置して斬ろうとしてみれば刃は木人を両断することなく、それどころか斬り口が僅かにへこんだだけ。


「二撃目はナマクラ以下の切れ味にしかなりません。これを解消するためには鞘に納めた状態で一分待つ必要があります」


「えぇと、つまり一撃目の鋭さを増すというか……」


「一刀目で勝負を決めなきゃ……ううん、一合目で勝負が決まる得物ってことね」


 その通り。

 勝負の最中一分待たなければならないってのは致命的だ。

 魔法だなんだで間を持たせる事ができればまた違うが、それでも一分待ったところでやっぱり一撃のみ。


「アルル様、受け取って頂けますか?」


「……」


 この刀を使って欲しいというのは俺のエゴ混じりでもある。


 アルル様はそもそも戦う力があろうがなかろうが、戦ってはならない存在だ。

 ならば、戦いにならない戦いとなるように。


 何処までも傲慢に、立ちふさがるものを許さない王となってほしいなんていう。


「ベルガ」


「はい」


 そんな俺の想いが何処まで通じたのかはわからないが。


「わたくしの剣は、あなた。ならばこれは、わたくしの盾として、頂戴いたしますわ……ありがとう、嬉しい」


「ありがたき、幸せです」


 腹黒さを感じない、自然な笑顔のもと、受け取ってくれた。


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