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もっと、強く

 ちゃんと問題なくあのアメが効果を発揮できるかを確認した帰り道。


 メルに許可取った時に遅くなるって言っておいて良かったよ。

 何も言わなかったらカタリナは拗ねるし、メルの絡みレベルが上昇する。


 ……浮気ってなんだって話だけれども、まぁ。


「やっぱ、あの二人も大概強い」


 サキュリアさんにしてもカルシャさんにしても。

 改めてメルとトリアはよく勝てたななんて思ってしまうほどには。


 そう思ってしまうことを浮気だと言われたのなら言い返しようがない。


 コンビ戦ならと思ったのは俺だけれども、それは正しかったと言えるだろう。

 一対一でメルやトリアがあの二人に勝てるかどうかを考えれば、あと一歩か二歩足りない。


 実力自体に大きな開きは無いものの、やはり経験という面に大きな差がある。

 カタリナならいい勝負ができると思えるのは、直接自分の手で誰かや何かを殺した経験の有無のせいか。


「だからといって、誰か殺してきなさいなんて言えないしな」


 言えない、言えないが。

 命のかかった場面で踏み込めるか引いてしまうかは大きい。


「いかんいかん。ロザリーさんと戦ってから、どうにも物騒な考えに行き着いてしまうな……」


 ベロニカに来てからというものの、強い人ばかりと出会っている気がする。


 だからこそ、余計に欲求不満を募らせてしまうのだろうけれど。


 武闘会、か。


「俺、我慢できるかな」


 ぷっつんしやすくなってる。

 喧嘩っていうか勝負を吹っかけるのを我慢できないって意味じゃなく。


 強い人、強くなる人を見つけたら。

 ベロニカのことなんてどうでもいいやって切り捨てて、その人をぞっこんになってしまうんじゃないか?

 剣術指南役なんてほっぽりだして、テレシアとの契約を果たすならその人とヤり合えればいいやって。


 そんな、不安がある。

 ある意味、浮気性にも程があるってもんなんだろうけど。


「……はぁ。自分のことが一番信用ならないって本当だよ。風呂でも貰ってさっさと寝る――ん?」


 離宮への通路に差し掛かったとき。


「――!」


 風に乗って、誰かの声が聞こえてきた。


 もう結構いい時間だというのに。

 王城で危険なロマンスでも楽しんでいる人でもいるのか?


「っ! は、ぁっ!」


「……んなわけ、ねぇんだよなぁ」


 なんだかんだで城勤めの人たちはきっちりしてるわけで。


 どいつもこいつも、ベロニカを支えようって根っこから思ってるようなお人好し。


 騎士団連中が居残り練習? それはビスタが管理しているし、居残りするなら明日に備えろが基本方針。

 他の兵団たちも同様に、休息の大切さをちゃんと理解している。

 夜番の巡回兵や侍女さんらはいるだろうが、緊急時以外に大声を出したりするような人はいない。


 じゃあ、こんな時間に誰が何をしてるのか。


「……アルル、様」


「はぁっ! とうっ! てやっ!」


 声の聞こえる方に向かっていけば、中庭の隅っこで何処で調達したのか刀を振っているアルル様がいた。




「アル――」


「乙女の秘密を暴くのは、マナー違反と言うものじゃよ? ベルガ殿」


「っ……」


 思わず声をかけそうになったとき、柱の陰から現れたのはロザリーさん。


「こんばんは、良い夜じゃの」


「……はい、こんばんは。ロザリーさん」


 やれやれと言った表情で、これ以上先には行かないでくれよと進路を防がれる。


「……」


「カカ、そう恨めしそうな顔をするでないのじゃ、男前が勿体ない」


「何処にでもあるふっつーの顔ですよ」


「普通の男が、王家の剣術指南役に収まることもなければ剣聖、剣神など呼ばれはせんし、妾に勝つこともない。今日はキレがないの?」


 ふぅ、落ち着こう。


 無意識にアルル様へと駆け寄ろうとしてしまったけど、何を言うつもりだったのか。


 精が出ますねとでも?

 俺とちょっとギクシャクしてしまったから、こんな時間にこっそり稽古してるかもしれないのに?


 アホかと、バカかと。


「そっちの顔のほうが似合わんの。妾とヤってる時の方が随分と好みじゃ。もっと言うのなら、一番最後に見せてくれた顔のほうが」


「自覚は、してますよ。自覚してるだけに、どうしたものかと」


「カカッ! 青春しておるのぅ」


「青春て」


 カラカラと声は控えめに、態度で笑うロザリーさん。


 馬鹿にされているような感じではない、羨ましいなと伝わってくる笑い方だ。


「のぅ、ベルガ殿」


「何でしょう」


「ベロニカは、好きか?」


「ええ、好きですよ。ガンなんて呼ばれていた人が切除されたせいか、どいつもこいつも一生懸命で」


 ……あぁ、言いながら思った。


「ならば、アルルは好きか?」


「……好きですよ。苦手、ですけれど」


「カカカッ! そうじゃな! そうじゃの! うむうむ!」


 ぷっつんして、あっちこっちに目をキョロキョロさせて、のめり込んでしまいそうになっても、好きにはならない。


 ロザリーさんに対して、あるいはサキュリアさんやカルシャさんに対して。

 ベロニカやひいてはアルル様やメル、カタリナやトリアに向けている感情と同じものを向けていないように。


「アルルはな、ベルガ殿がそうして一歩近寄った分の帳尻を合わせようとしているだけじゃ。誰のためでも、ましてや国のためでもなく、あくまでも自分のために」


「帳尻あわせ、ですか?」


「うむ、あやつは臆病じゃ。王に元々友人なんぞ少ないものじゃが、アルルは輪をかけて……それこそ妾くらいしかおらぬ。いや、それも妾がリリー商会の者であるからと頭で理由を作ってそうであるべきと心がけているだけにすぎんかもじゃが」


 臆病な帳尻合わせ。

 俺にはいまいちわからない。


 けれど。


「アルルの友人である妾から、ベルガ殿に頼む。今回だけ、アルルの好きにさせてやっては貰えんかの」


「好きにやらせる、ですか」


「うむ。あやつは今、成長してようとしておる。ベルガ殿の手を取りたくないからではなく、手を取るために。妾はそれを応援したい。必要なことは責任を持って、妾が教える。自分以外の手が入るのはイヤかもしれんが、どうか頼む」


 そう言って、至極真面目な表情で頭を下げられた。


 なんというか、だけども。


「……ちゃんと返してくださいよ? アルル様も、俺の大切な生徒ですから」


「――カカッ! むしろ、あやつから飛び込みおるわ! お主こそ、受け止めてやれよ?」


「言うまでもありませんよ」


 やっぱ、この国に関わった人は、強くなるんだなぁ、なんて。


 なら、俺ももっと強くなろうと心に決めた。

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