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留まり続ける力

「良かったのか? ベルガ殿を帰して」


「構いませんわ」


「ヌシを慮ったわけではないのじゃ。ベルガ殿の目的が果たせておらんじゃろうと言うておる」


「その上で、構いませんと言ったのです」


 申し訳ないとは、思う。


 正直に言えば、今ベルガに何を言われてもちゃんと思考を巡らせられない。


「怖いと思ったか」


「……はい」


 改めて、でしょうが。


「らしくないの。その様な顔はちみっこい頃から見てきた妾でも、初めて見る」


 そんな顔をしているのか、わたくしは。


 ……そうかもしれない。

 わたくしの今胸にある気持ちを表す言葉が見当たらないのだから。


「妾が貰ってやろうか?」


「何を――」


「冗談ではない。欲しいぞ、心の底から。妾の伴侶としても、リリー商会のモノとしてもな」


「う……」


 二の句が、告げない。


 本当に欲していると理解できた、あるいはわたくし以上に。


「はぁ……腑抜けておるのぅ。そんなメスの顔をするでないのじゃ。取らんし、盗らんよ。生憎夫と出来ても子を孕めぬ妾じゃ、ベルガ殿の未来を、証を遺せん等、自分を許せぬ」


「ロザリー……」


「じゃが、そこまで想うたからこそ、今のキサマに我慢ならん」


 わかりやすくどころじゃない。

 初めて見る、ロザリーの明確な怒気が向けられる。


「ベルガ殿は、あの時止まったぞ? 理性という檻を食い破ってなお、キサマの剣である自分を手放さなかった。アルルの剣であるという自分で、解き放たれた獣を貫き留めた。羨ましいで済まぬよ、嫉妬で狂ってしまいそうじゃ、それほど人として想われていることに」


 祈るような気持ちだった。

 自分の愚かさを思い知るとともに、止まってくれと願い口にすれば止まろうとしてくれた。


 でも。


「その事実が、余計に」


「自分の汚さを浮き彫りにされてしもうたか」


「はい……」


 ベルガはわたくしに忠実ではなく、誠実だった。

 彼が自分で口にした通り、わたくしの剣として、そして先生として。


 利用すると、名目であれ本心であれ示し続けているわたくしと違って。


「偽りの翼では太陽に近寄ること叶わぬ、か」


「仰るとおりですわ。怖いのです、手を差し伸ばそうとしてくれているベルガが。今までなら良かった。お互いがお互いを利用する立ち位置にいられた。でも、あの結婚式から少しだけ彼は変わりました。歩み寄ろうとしてくれている。それこそ、簡単に手を取れる場所にまで」


 近づくと心にしたわたくしならよかった。

 偽りの翼でも、溶けないような位置で羽ばたくことができるだろうと思っていた。


 でも。


「だからメスの顔をやめよというに」


「さ、先程は聞き流しましたが、メ、メスの顔なんて……」


「近寄ってこられそうだから溶けそうで怖い。違うじゃろう、お主自身が近寄りたい、近寄ってもいいのかなと心を溶かされていることに気づいてしまったが故の言い訳に過ぎんよ、それは」


「あ、ぅ……」


 これだから、昔馴染みというものは困るのです。


 見ないふりしていたものを、簡単に見抜かれてしまうのだから。


「じゃが、さもありなん。ベルガという剣の担い手で在り続けることを考えたのなら、心を溶かしていてはいかんじゃろう」


 まぁ仕方ないよね、なんて呆れたように笑われてしまう。


 これもある意味わたくしのまだ(・・)弱い所と言うべきなのでしょうね。

 在るべき、いえ、あってもいい形として、本当の妻として彼を手にする未来があってもいいのですから。


 言い訳なくして妻になる覚悟もなければ、担い手で在り続けられるかと怖がっているわたくし。


 本当に、なんでベルガはあの時、止まってくれたのか。

 こんな弱いわたくしを、まだ担い手として、獣を抑え作られる程、強く想ってくれているのか。


「なぁ、アルルよ」


「はい?」


「ヌシには見えんかった部分じゃろうし、一つ教えて――いや、アドバイスを授けよう」


「アドバイス?」


 はて、と。


 長い付き合いにも関わらず、そう言えばロザリーからアドバイスなんて頂戴した覚えがないのだけれど。


「先の戦いで、ベルガ殿は妾の技を一つ盗んだ」


「盗ん、だ?」


「言葉が悪いかの、学んだというべきじゃろうか。瞬歩という移動法を、妾以上の完成度で繰り出しおった」


「その、ベルガは対した相手の技法を再現することに長けているとのことですわ」


 カタリナやメル、トリアから聞いた。

 ますますを持って届き得ない輝きを持つ人だと思ったものだ。


「長けている? はっ」


 けど、どうやらそれだけでは理解が不十分だと、鼻で笑われて。


「得意としている等という言葉で終わらんよ、あれは。あの時、ベルガ殿はこの技術を学べば勝てると踏んだのじゃ。だから(・・・)学んだ」


「えぇ、っと」


「わからんか? 勝つ、あの時は殺すじゃが、そうするために必要だからとあの瞬間に判断し、学び、自分の力に昇華した、すなわち成長した。あれだけの力を持つベルガ殿だ、サウザンド・ウィズダムといったか? あの魔法だけで圧倒できただろう妾相手にじゃぞ? 貪欲に、強くなろう、先に進もうとするその精神、まっこと天晴である」


 先に進もうとする、精神。


「もうわかるな? アルルよ、停滞するためにも成長は必要なのじゃ。努々、忘れるでない」


「……アドバイス、感謝致します」


「先に言った通り、リリー商会はベロニカの武闘会開催支援する、二言はない。じゃが、妾としては……よりよい大会となること、願っておるぞ」

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