理性の檻を食い破って
テレシアを起動した瞬間だった。
「なんじゃそれは!! やばいじゃろ! やばすぎるじゃろっ!!」
「ふ、は――」
ロザリーさんが弾けるように飛び込んできた。
あぁ、そうだ、彼女はわかっている。
「そんなものっ! 絶対完成させてやらんからのっ!!」
爛々とした目で、口元がニヤけるのを堪えきれないのか、歪な笑顔で拳を唸らせる。
俺も、多分同じ顔してる。
だってそうだろう?
彼女はスイッチを入れた。
「カカ――あーっはっはっはっ!!」
急所を真っ直ぐに、何の小細工もなく目掛けて拳を、脚を突き入れようとしてくる。
そう、戦いを楽しむことを止めて、俺を殺そうとしてきてくれた。
つまり、遊びをやめた。
「させぬっ! させぬぞ! その技っ! お主の命と共に消し飛ばしてみせようぞっ!!」
極まったハイキック、瞬きでもしたら確実に頭ごと刈り取られてしまう。
杖状態のテレシアじゃ、防ぎきれない。
スイッチを入れてくれたおかげで、殺気が明確になったおかげだろう、辛うじて躱すことができるけど。
「ふんっ! 甘いわっ!!」
「ぐ――」
んな小さい身体の何処にこんな力があるんだよ、というか何だっけ? 鉄山靠? ハイキックから?
無茶苦茶な繋ぎ方してくんなよ、対応できねぇっての!!
「は、はは」
「ははははっ!」
あぁ、あぁ、あぁ。
「「はーっはっはっはっ!!」」
楽しい、楽しい、楽しすぎる。
殺し合いを楽しいなんて思ったのは初めてだ!!
強い! この人はめちゃくちゃ強い!!
お互い全力で! 相手の生命を気遣った瞬間負けるだろう、殺す気まんまん迸らせて!!
「「コロスッ!!」」
すなわち、勝つ。
負けない、負けたくない、俺のほうが強い。
「シャアアアッ!!」
再度飛び込んできた。
いいよ、もう、見せてやるよ。
「く、らえっ!!」
「――弾けろ」
「っ!?」
我慢できないから。
◆
いま、のは?
詠唱じゃない、あんな魔法は知らない。
自分の勘に従って大きく後ろに退けば、目の前が消し飛んだ。
「なん――と、いう」
そうじゃ、文字通り消し飛んだのじゃ。
空間が、地面が、破裂した。
「く――」
行かなければ、攻めなければ。
不味い、不味いと理性が囁いている、いや叫んでいるのに。
脚が、動かない。
「――千刃」
ドキリと、心臓が跳ねた。
「う、おおぉおおっ!?」
数瞬遅れてその場から飛べた。
今まで妾がいたところに……。
「あぁ……本当に。あんた、最高だ」
「は、はは……」
刃、じゃろうか? ザクザクと音を立てて突き立ったのは。
そして。
「ロザリー、お前を、殺してやる」
土煙が晴れた先に、ベルガ殿がいた。
なんて、美しい殺意か。
スイッチが入ったとでも言うのか、先程の男とはまるで別人。
冷たすぎる目じゃ。
完全に妾のことを獲物……いや、エサとしか見ていない。
本質、じゃなかろうな。
恐らく理性という鎖と檻で閉じ込めていた部分。
……それほどまでに、飢えておったか。
「おい、ベルガ、花は好きか?」
「あ?」
「墓前に捧げる花、殺してしまっては聞けんからの」
「――ハ」
ならば妾がその猛りを鎮めてやろう。
我が友、アルルのために。
そして。
「ヌシのためにもなっ!!」
「わけわかんねぇぞ」
そうして一歩踏み出そうとした瞬間。
「――」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、ちゃんと見ろ」
頬を、何かが引き裂いていった。
……カカ、こうまで桁違いじゃったか。
「次、いくぞ」
「ちぃっ! 水壁よっ!!」
感じ取れたと思えば終わっておる。
なるほどの、妾と対峙したものたちは斯様な気分じゃったか。
「へぇ」
自分の周りに水の壁を作る。
これしきであの一閃が鈍るとは思わぬ、ただ何処から来るかを知るためだけに。
「じゃ、チェックだな」
「っ!?」
チェック、とは?
そんなもの、すぐに理解できた。
「ぐうぉっ!?」
四方に展開した水壁が斬られた。
そして一閃が右腕のジ・オールマイトを叩き割った。
「繋げるぞ」
「こ、の――っ!」
後手はいかんというのに! 気づけばヤツの間合い!?
というか、まて、待つのじゃ……よもや、ベルガお主。
「ぽんぽん見せてくれてありがとうよ」
「しゅん、ぽ――」
盗まれた。
妾が磨き上げた瞬歩を、自分のモノにされた。
それも。
「妾、以上の――」
「ハ」
笑われた。
笑いながら、ヤツの手が伸びてきた。
何を握っているのかはわからん。
わからんが、もう一つ瞬きでもすれば、妾の首は、飛ぶ。
「ベルガッ!!」
「っ!?」
「お、おおおおおっ!!」
死を覚悟したその時。
「はな、れるのじゃあああっ!!」
「うぐおっ!?」
アルルの声が響いた。
響いた音でベルガが一瞬硬直した。
……命拾いを、した。
「づっ――あ、あ……あぁ?」
遮二無二な当て身でゴロゴロと転がっていったベルガが、頭を振りながら立ち上がり。
「……やべ」
「わたくしは、勝負をしろと言いましたよ」
にっこりと笑ったアルルの言葉で、恥ずかしげに頭を掻いた。
「申し訳ありません、ロザリーさん」
「……いや、構わぬよ。妾も、悪かったのじゃ」
スイッチが、切り替わった。
そんな風に、思った。
「では、仕切り直しで」
「……」
そして再び杖を構えたベルガは。
「こーさんじゃ」
「へ?」
「先までのお主より、今のお主の方が強い。アルルの剣、まっこと立派であるな」




