アルルの場合
「は、はぁ、はぁ、はぁ……」
「大丈夫ですか?」
「も、もちろん、ですわ……こ、このくらい……きゃっ!?」
「お、っと」
ある意味、本格的に始まったと言えるでしょうベルガの指南ですが。
「少し休憩にしましょう」
「ま、まだっ」
「ダメです」
「う……」
情けなくも、開始してそう間もない内に息が上がって、こうして倒れそうになったところを支えられる。
甘く見ていたつもりは、なかった。
それでも、メルやカタリナに大きく劣ると分かってしまう自分が恨めしい。
基本的な体力、魔力、あるいは才能なんて目に見えない部分でさえも。
「うーん」
「べ、ベルガ?」
ベルガにされるがまま地面に座らされて、見上げた顔にあったのは困り顔。
「あまり自分を卑下されなくてもよろしいかと」
「慰め、ですか? それとも甘やかし?」
「それを卑下と申しました。確かにカタリナやメル、トリアを見てしまうと誤解というか、基準が狂ってしまうでしょうが。アルル様は平均的な才覚を有しておられますよ」
果たして喜んでいいのでしょうかそれは。
ただ、才能の有無如きに振り回されても仕方ないとは思う。
ベルガを国に利用すると決めたのはわたくしだ。
彼の感情をコントロールすることはできないけれど、存在を国に役立てることはできる。
そうすると決めたわたくしには、大きな責任がある。
それこそ、ベルガにわたくしを望まれたのなら喜んで捧げるべきだと思うほど大きな。
「それに、です」
「はい?」
不意にベルガが困り顔を止めて、穏やかに微笑んだ。
「だから俺がいるんでしょう?」
「あ――」
……本当に。
「朴念仁」
「アルル様に言われるのはもしかしたら初めてかも知れませんね?」
この人は。
あぁ、だからこそ困るというものなのです。
最近、不意に時見が見せる光景は彼の隣で幸せそうに笑っている自分。
今もそうだ。
捧げるべき、じゃなくて。捧げたい、委ねたいなんて思ってしまうのだから。
「お?」
「そっ、そろそろ休憩も終わりでいいのではありませんか? それだけ、お、大きな口を叩いたのです、強くして頂ける方法が、あるのですよね?」
違う、違いますとも、わたくしは私としてベルガを望んでなんかいない。
あぁ、顔が熱い。
見られないように顔を背けて立ち上がって、うるさい胸に静まれと言いつけて。
「もちろん。できないことを引き受けたつもりはありませんし、できないことをできると言えるほど無責任なつもりはありませんから」
「な、なら、いいのです」
……はぁ。
この三週間は、別の意味でも試練の時になってしまいそうです、お母様。
「さて、改めて戦う人としてのアルル様とはどういう人間か。アルル様、自己分析はできておりますか?」
「ええ。あなたの言葉を借りるなら、自ら仕掛けるのではなく、応手で勝負を決めるトリアに近い守備剣士、適性は護衛騎士と言えますわ。とは言え、自分の能力を考えれば消去法でそれしかないと行き着いたものですが」
ベルガは今までわたくしに基礎的な稽古を施した。
体力を補うための走り込みや、最低限の筋力を身につけるためのトレーニングに色々な刀剣の素振りといったもの。
「そうですね、カタリナのような俊敏さ、メルのような戦闘発想力、トリアのような戦闘思考力はアルル様にありません。もちろん養うことは可能でしょうが、その天井はあまり高くはないでしょう」
「あの? わたくしの心を折りに来ていますか?」
わかってる、わかってますけども。
ベルガに言われると、心にクるものがありますわね……。
「とんでもない。そんなアルル様ですが、彼女たちに持っていないものがあります」
「時見、ですか?」
「ええ」
一言で言えば未来を見ることが出来るギフト、確かに戦いへと役立てる事ができたのならとは思いますが……発動条件も不明ですし、コントロール出来る術は無いかと調べてはいますが。
「仰っしゃりたいことはわかります。戦闘自体に不安のあるアルル様ですが、戦闘に入る直前までの力は非常に素晴らしいものをお持ちです。時見はもちろん、先の稽古で披露頂きました目付けにしてもそう」
「ありがとうございますわ、でいいのでしょうか?」
「誇られるとよろしいかと。仮に俺がアルル様と対峙した時、目付けは可能でしょうがその目付けを信じぬけるかどうかは自信がありません」
そ、それほどだったのですか……あ、なんでしょう、とても嬉しい。
「つまり、相手はアルル様の実力が見抜けない。弱いだろう、弱いはずだ……でも、もしかしたらと。断じきれない相手が繰り出す攻撃とは、自分の一番信頼できる技である場合が多い」
「応手を見抜けないから、どうなっても対応できる。あるいは通用するだろう攻撃を繰り出すわけですね?」
「その通りです。その状態で、相手の攻撃を知ることができ、正しい応手を繰り出すことができれば」
「相手の心が折れる」
ベルガがその通りと再び頷いた。
確かに理屈はわかる。
あれこれ迷ってこれならばと繰り出した一手が通用しなければ、弱いはずという目付けが間違っていた証明になるのです、つまりは目付けができないほどに強いと考えてしまう。
「ですがベルガ? 確かに目付けを防ぐことはできるわたくしかも知れませんが、目付けができるわけでもありませんわよ?」
「はい。ですので、これを」
「うん? モノクル、ですの?」
「アルル様の時見を、魔力によって数瞬先を見るものへと変化させるものです。魔力を通せば、そのモノクルから見える景色が僅か先のものになります」
「……は?」
え、えぇと? しれっと何を言ってるのですか?
「アストラ、アモネスお手製のイヤリングを解析して使えそうな術式を見つけました。効果はちゃんとありますので、応手、つまりはカウンター一撃で勝負を決める戦闘訓練をしましょう」
ニコニコと、心なしかどうだと胸を張っているベルガですが。
「本当に、あなたがわたくしの剣であること、心より嬉しく思いますわ」
「ありがとうございます」
頼りにしてはならないとわかっているのですけれども。
はぁ、もっと強くならないと、いけませんわね、本当に。




