間幕:新婚初夜
「ベルガさんっ!」
「せんせっ!」
「「どっちっ!?」」
ベルガですが、離宮の雰囲気が最悪です。
「どっちもなにもないよ……普通に自分の部屋で寝ようよ……」
「そんなのダメに決まってるでしょ! わ、私はベルガさんのお嫁さんなのよ!?」
「そうだよせんせ! 一人で寝所を温めるなんてさ! あたしに恥をかかせたいの!?」
カタリナもメルも自分が今何言ってるのかちゃんと理解してるのかな?
竜虎相打つとはこのことか。
争っている内容が今日俺と一緒に寝るのはどちらかって辺りで、随分とおピンクになっているけれども。
「魅力的な女の人に迫られるってのはまぁ、男冥利に尽きるって話なんだけども」
「みりょっ――そ、そうにょ!? 私! ベルガさんのお嫁さんだもょん! えへへ……」
「ふへ……えへへ、魅力的、えへ、ふぇへへへ……」
「落ち着けって話だよ、聞いてる?」
明らかに情緒不安定な二人である。
「こ、こっちを見ないで下さい、ベルガ……はぅ……」
こうなるように仕掛けた張本人は、なんでか顔を真赤にしたまま縮こまってるしさ。
いや、まぁ、わかるよ。
結婚式が終われば当然、人の営みとしてあっておかしくないイベントが待っている。
つまるところ新婚初夜だ。
色んな方面から気を回され、離宮に俺と三姫が押し込まれてしまった。
アルル様の様子を見るに誤算だったんだろう、あるいは前陛下の差し金か。
「どうしてこうなった、なんて思わないようにしたかったんだけどもな」
まだアルル様の狙いだけなら理解できた。
三姫が神に仕立てられた俺の妻になればアストラと上手くやっていく道を作ることができる。
教皇様のちょろさは置いておくにしても、見事目論見は達成されたと言っていいだろう。
「って、違う! そうよ! メル姉ぇずるいっ!」
「へへーん、知らないよー。恋は戦争だもん、あらゆる手段を用いて勝利を勝ち取るべしなんだよー?」
そんな形式上の話を、どうにも本気路線へ持っていく腹づもりらしい。
俺としては前向きに考えようと思っていたところだったし、カタリナとの関係も真面目に進めていこうと思っていたところにメルだ。
……色恋沙汰に縁がなかったヤツにとって、この状況は難しすぎる。
「お姉様っ!? メル姉ぇなんとかしてよぅ! ベルガさんを盗ろうとするの!」
「うぐっ」
「アルルちゃんは知っててああしたんだよね? じゃあ今こうなることも覚悟してたんだよね?」
「うぐぐぅ」
矛先が変わって二人がアルル様へと詰め寄っていく。
助けて下さいなんて視線は軽くスルーだ、自業自得が予想しない方に転がっただけでしょうなんとかして下さい。
「そ、そのぅ。わ、わたくしとしましては、皆で仲良くできればとー」
「皆っ!? え、じゃあお姉様ももしかして!?」
「……ふぅん? そうなのアルルちゃん? もしかしてあたしをダシにして自分もこうなることを狙ってた?」
「ちちちちがっ!? 違いますわっ!? わ、わたくしはベルガをベロニカから――」
きゃいきゃいとまぁ姦しい。
俺もとんだハーレム野郎になったもんだ、しかも相手は国のお姫様。
いっそ何も考えないで全員ばっちこい! なんて開き直って言えたら良かったのかも知れないが、カタリナ一人にあぁだこうだと考え込んでいた俺に言えるはずもない。
……あー、でもなぁ。
「わかった」
「うん?」
もう自分に責任はないからなんて言いたくもないわけで。
「皆で一緒に寝ましょう」
そんなわけで。
「どうしてこうなるのよ……」
「知らないよ、カタリナちゃんが悪いんだ」
「ま、まぁまぁ……」
使っていたベッドを三人に渡して、俺はソファに横になる。
正直、今は大きな事件を乗り越えて皆ハイになっている部分があると思う。
「新婚初夜とは言っても、こうなった以上、ちゃんと正室だとか側室だとか……俺と結婚しているけれど、他の誰かに嫁ぐことはできるのかなんて部分もちゃんと考えないとだめだろう?」
「……お姉様?」
「……ええ、その通りですわね。ベルガは対外的には神です。カタリナが聖十字の妻という役目を終えられたように、ベルガという剣神の妻をやめるという選択肢はあるべきでしょう。特に、わたくしとメルは」
「……はぁ、そういうこと。だからカタリナちゃんだけ生涯って単語が誓いの言葉にあったわけだ」
人としてはちょろい教皇様ではあったけど、やっぱり一国、一つの宗教の長なんだろうと思う。
「カタリナは俺に縛られた。けど、アルル様とメルは違う。ある意味教皇様の優しさと言えるのかも知れないな、政略結婚なんかの選択肢を奪わなかったのは」
「はい。アストラとの件で、ベロニカ国内はより一層の結束を得ましたわ。ですが、小国は小国。むしろ、今回の結婚式には国外の重鎮たちも参列していました。その者たちが自国へどういう報告をするか……場合によっては、わたくしやメルをと言う国もあるでしょう」
「あたし、絶対イヤだからね、もう」
「メル姉ぇ……」
表情が見えないから確信はないけど、メルは絶対って言葉通り冷たく言い放った。
続いたカタリナの声は少しだけ震えていて、メルが俺に本気であることを悟ったかのよう。
「わかって、おりますわ。わたくしとて可能な限り手を打ちます。可愛い妹の幸せを、ご破算にしたいなんて思っておりませんもの」
あらあら笑顔が目に浮かぶけれど、声は真剣そのもので。
「アルル様、忘れないでくださいよ? 自分を犠牲にするのはダメですからね?」
「……その上、夫であり我が剣もこの調子ですから。まったく困ったものですわね」
「ふふっ、こうだからベルガさんはいいのよ」
わかったような口をと一瞬思うけど、わかって欲しいと願っている自分を否定できない。
「何にしても、ベロニカという国は今、岐路に立っていると言えるでしょう。外に目を向ける時期がやってきました。今まで以上に忙しくなるでしょうし、こうして姉妹揃って一緒に寝られる機会が次にあるかどうか……あ、もう、ベルガ? わかっていましたわね?」
「なんのことやら」
そこまで考えて気を使ったわけじゃないけれど、やっぱり三人には仲良くして欲しいもので。
「はぁ、困った旦那様ですわ。ですが、これからも頼りにしていますわよ」
「お任せあれ」
「わ、私だって! ベルガさんを一生懸命支えるからね!」
「あたしもだよ!? 一緒に幸せになろうね!」
「あぁ、ありがとう」
まぁ、できることなんて精々指南を頑張るくらいだけれど。
明日からはまた、少しだけ違った日常になることを楽しみに思えるようになったことを喜ぼう。