天覧演習 後編
「あー……気づかれたっぽいな」
「そのようで」
流石に砦の中をからっぽにはしていないだろうが、ほぼ全軍が出てきた。
これ見よがしに作った階段へ向かって一直線だったなら良かったけど、どうもそういう動きじゃない様子。
なら、アースウォールを作った別の狙い――砦の背後に回って、王都につながる街道という補給線の制圧も看破されたということだろう。
「ここからは力のぶつかり合いになります。土壁を利用しながら相手の中、後衛部隊を近づけないように対処しつつ、機を見て前衛部隊と合流するようにお願いします」
「はっ、心得ております」
なんとも頼もしい副官さんだ。
先にこのケースを考えられていた分、こっちの方が初動の速さで有利ではあるが、兵の練度を考えればこれでトントンってところ。
「では、私も本隊を率いて各所へのバックアップに行って参ります」
「はい。ここからが勝負所です。思う存分、やってきて下さい」
「はっ!!」
やる気に満ちた表情で周りに置いていた10人を率いて駆け出す副官さんを見送って。
「この辺、だよなぁ」
大局観が無いと思ってしまうのは。
ここまでの戦況推移は嫌がらせの手を打ち出した結果でしかない。
ビスタがどういう風に動いてくるかなんか考えられなかったから、攻城戦という舞台を変えて、野戦に持ち込むためにはどうすればいいかしか念頭になかった。
もちろん補給線の制圧が叶ったのならそれが一番だったけど、そこまでビスタを甘く見てもいないわけで。
「副官さんには悪いけれど、四分六分で不利になるか」
ぶつかり始めた各所を見て、そんな予想が立つ。
思っている以上に土壁へと相手側の取り付きが早い。
取り付かれるまでにどれだけ行動不能者を多く出すか。
そしてタイミングを逃さず、動きが取れない前衛部隊の場所までたどり着けるか。
こちらとしてはその二点がキモになるわけだけども。
「流石、騎士の皆さんってところか」
この段階まで被害らしい被害は出ていない。
つまり今から始まるのは総力戦になるんだ。そうなったら地力に差がある分一般兵団が厳しい。
「って、おおっ!?」
マイナスなことを考えていたら、副官さんがやってくれた。
「か、階段を自分から崩して落石代わりにするとか……えっぐいなぁ」
到着するや否やの段階だ、走りながらこのままじゃジリ貧だって考えたんだろうな。
土壁部分はそのままに階段部分を意図的に崩落させ、ダメージを与えるというよりは時間稼ぎが目的か。
「どうしてこうもベロニカの奴らってのはこう……楽しみに思わせてくれるかねぇ……!!」
曲がりなりにも指揮官としてここに立っている以上、そんなこと思ってる場合ではないんだけれど。
ダメだな、本格的にベロニカって国が好きになってきた。
抜きん出た力を持つ奴が、一つの勢力に肩入れしてはいけないってことなんて、身を持って知っているというのに。
「……ふぅ、落ち着け。とりあえずこれで五分五分にはなっただろう、ってことは」
見えないなりに先を予想して、考えついた結末に備えることにしよう。
「まぁ勝者も敗者もナシってのはね」
「そうだな。互いに軍へ手は出さないという条件だった。だが、個人になら良いだろうさ」
死んでないけど死屍累々。
双方の100人が死体役になりながら、輝いた目を向けてくる。
「軍事力を見せつけることは出来たでしょうし、ダメ押しになれば良いんですが」
「ふふっ、そう挑発しないでくれ。これでも我慢していたんだぞ? 戦場に立ち、ベルガと相まみえたいという気持ちをな」
分かってますって。
実のところ俺もアーノイドさんとはそろそろもう一度戦いたかった。
「結局あまり指南に来れませんでしたものね、いい機会ですしたっぷり指南差し上げますよ」
「だから挑発するなと。だがベルガ、お前にそう思ってもらえていたこと、嬉しく思うぞ」
あー、いかんいかん。ちょっとわくわくが止まらない。
だってそうだ。
言ったようにアーノイドさんは将軍としての仕事が忙しく、中々あの稽古場には顔を出せなかった。
にもかかわらず、纏っている雰囲気を一つ強いものへと昇華させている。
これを、期待できなくて何に期待するっていうのか。
「剣で?」
「いや、全力で」
まじか。
良いのかアーノイドさん。
「良いんですか? 本当に」
「侮辱は挑発以上に勘弁してくれ。ベルガにそう言われると、何より効く」
「ふ、ふふ、い、いや、申し訳ないです、でも、ですね? 長く、続けられないかも、知れませんよ?」
「なぁに、いい加減ベルガの背をちゃんと見たいのだ。遠慮するな」
……あーあ。
あーあ、だよ、本当に。
「だが一つ約束してくれ」
「はい?」
「この勝負、ベルガが納得いくものであれば……いい加減そのこそばゆい敬語を止めてもらいたい」
「……ははっ」
ほんっっっっとぉに。
「んなもん約束するまでもねぇ。アーノイド、バシっと覚悟決めて踏ん張れよ」
「ははっ! もちろんだ!」
アーノイドは、最高かよっ!!
「――テレシア」
――はいっ! わたしも全力を尽くしますっ! ご主人様! 良かったですねっ!!
尻尾を限界まで振ってるテレシアの姿が瞼の裏に浮かぶ。
俺も、もし尻尾が生えていたならおんなじことになってたんだろうな。
「じゃあ、尋常に」
「勝負だっ! ベルガッ!!」