天覧演習 中編
なんとなく、わかった。
ううん、せんせ相手に理解するっていうことがどれほど危険なことはわかってるけど。
それでも、見えた。
「勝利条件を、ひっくり返す、ね」
「メル?」
「なんでもないよ、アルルちゃ――陛下」
不思議そうなアルルちゃんの表情を尻目に、戦場へともう一度目を向ける。
両軍の前衛部隊は完全な膠着状態に陥った。
にらみ合いというよりは、隙きを見せた方に被害が広がる形だけど、一般兵団の方は集中力を数によって補っている。
この状態が長く続けば、騎士団の方が不利。
ビスタもわかってると思う、今頃サイデス砦の中で爪でも噛んでるような気がする。
「む、むぅ……」
アモネスも遅れて理解が及んだみたいだね。
ビスタが取った、開始直後に突撃という選択が正解だったことを。
せんせが指揮する一般兵団、後衛の魔法部隊がジリジリと砦に近づいていっている。
剣に比べて予想がつきにくいというか、操る人のカラーが色濃く現れる部隊だ。
このまま城壁に寄せても、城門、城壁のレジストには無力なはずだけど。
「だからこそ、不気味」
これが騎士団の突撃がなければどうなっていたか。
まずこの状況より遥かに先行きがわからなくなっていたと思う。
攻城戦の第一関門は寄せだ。
寄せはほぼ常識と言って良いレベルで剣兵、前衛の役割なのにも関わらず、魔法兵が寄せてくる。
奇策といえば奇策だろうし、盲点と言えば盲点。
城壁上に展開された騎士団の弓兵と、魔法兵団の射程にはまだ入っていない。
「っ!? あ、あれはっ!?」
「……うーわ」
アルルちゃんが思わずといったように立ち上がって、隣にいたアモネスは目を見開き。
あたしはきっと眉を顰めた。
「アースウォールとかちょっと、考えられないって」
展開が終わったらしい、一般兵団の魔法兵たちが揃ってその場に土壁を作り出した。
特別な効果は付与されてない。あれなら無詠唱魔法に限りなく近い状態だから、魔力の消費も少ない。
縦に、階段状の土壁が形成されていく。
あたしの予想通りきっと城壁より少し高い位置まであれは伸ばされていくだろう。
そして。
「土壁が、広がって……?」
階段を支える目的が一つあるだろうけど。
地面に沿って、砦の城壁に対して平行に土壁が伸びていく。
これじゃあ、砦から相手の姿は確認できない。
「圧勝は、困っちゃうんだけどね? せんせ」
誰も砦の上から攻撃されるなんて、思ってないもん、バカじゃないの?
攻撃用に魔力を温存していた人が階段の先から攻撃して、それを下から守るみたいな展開をするつもりだよね。
そうだね、本当に予想通りになってしまうのなら、これで勝敗は決した。
「ビスタは正念場だなぁ……いい経験には違いないけど、それだけで終わらせちゃダメだよ?」
こんな豪華で派手で、ためになる指南を受けられて、羨ましいなんて思ってるくらいなんだから。
◆
「団長! このままでは一方的に攻撃される危険があります! 指示をっ!」
「落ち着け、僕もわかっている」
焦るな。
あの人の奇天烈具合にいちいち驚いていたら身が持たないのだから。
「前衛の騎士は?」
「相手もですが、被害はほぼない模様です。ですが、隙を見せた方が先に被害が出るかと。相手側は我らの動きを止めることに注力している様子ですし、双方身動きが取れない状態です」
ち……相手側の行動を制限すべく突撃を指示したことに後悔はないが、前衛を動かしてあの階段のようなものを破壊するのは無理か。
「魔法兵団を出せ、あの階段は絶対に完成させてはならない」
「了解ですっ!」
バタバタと慌てて出ていく副官を見送って。
どうする、か。
ベルガ殿のことだ、階段はもちろんあの横に広がっていく土壁も本命だろう。
むしろ、そっちのほうが本命か?
だけど広げていって何になる? ただ姿を隠す以上の意味があるのか?
「――あーもうっ! これが平時の演習であればどれほど良かったか!」
だったなら今頃思考に身を任せるだけで良かったというもの!
こんな大事な演習で! 奇想天外博覧会を開催するんじゃないですよ!
「げ、現実逃避している場合じゃない……前衛と後衛を出した、こっちに残ってるのは弓兵と砦守備兵だけだ……って」
待て。
いや、確かに防衛戦とは応じる戦いだ。
相手の攻撃を耐える。
耐えて、援軍や救援、あるいは相手の後背を突くための部隊を別の場所で編成し、出撃させるための時間稼ぎを目的とする。
耐えきって勝つとはそういうことだ、そもそも防衛、籠城する状況とは、打って出て勝てないから取るべき戦法なのだから。
「あ、れ……?」
違和感がある。
そうだとも。
一般兵団は普通にやって勝てないから、今のような奇策を取っているんだ。
普通の勝利条件、つまりこのサイデス砦を陥落させること。
……かん、らく。
「っ!!」
そういう、ことかっ!!
「なんで気づかなかったんだ! 僕はっ!!」
そうだ! 僕たちの敗北条件は砦を落とされてしまうことだ!
砦を守っている兵が全滅すれば陥落なのか!? 違うだろう! それだけじゃないだろう!?
「誰かいないかっ!!」
「は、はっ! 団長! どうされましたか!?」
「全軍出撃だっ!! 相手の目的は!! 補給線の封鎖だっ!!」




