ヤる気満々
「わたくしの剣を……許せませんわ許せませんわ許せませんわ……」
「ベルガさんを……許さない許さない許さない許さない……」
「せんせをよくも……絶対に許さない処す。処す? 処す……!」
「あ、あはは、あはははは……はぁ」
トリアですが、姫様たちの雰囲気が最悪です。
恐れ多いことではあるけれど。
気持ちはわかるし、ボクだって許せないと思う気持ちは強くある。
だけども。
「アストラ、ヤっちゃう?」
「そうですわねメル、ヤっちゃいましょう。カタリナも、構いませんわね?」
「もちろんよお姉様っ! こんなことされて黙っていられないわっ!」
「おおおお、落ち着いてください皆様っ!? そうならないために師匠も我慢しているのですよ?」
「「「あぁんっ!?」」」
ひえっ……。
あーもう、師匠何とかしてくださいよほんとに。
もういっそその枢機卿をぶっころ――いえ、そうではなく、沈黙の魔法とか使えますよね? お願いしますよ!
どうしてこうなったって、そりゃもう伝言のせいだ。
可能な限り、リアルタイムでどういうやり取りをしているのか分かったほうがいいだろうって、師匠が準備してくれたマジックアイテムと魔法。
「あっ!? 今度はせんせにカタリナちゃんは勿体ないとか言い出したよ!?」
「私のほうがまだまだ釣り合ってないのよっ!!」
「ふ、ふふ……ゴミの囀りと言えど、いささか度が過ぎるようですわね……ふふ、うふふふふ」
師匠が聞いた内容が、ボクたちの持っている紙に書き起こされるってものらしい。
つまり、ここに書かれていく文章は、師匠が枢機卿アモネスに言われたこと。
まぁ、最初は良かったんだ。
嫌味というか皮肉というか、たとえばベロニカのことを田舎国家だとか、痩せた大地だとか。
今回の婚姻でベロニカに祝福が訪れるだろうなんて、要約すればそういうことをちょこちょこ言ってくるだけだった。
「その、改めて申し上げますが。師匠が我慢されているのです、どうか一度冷静に――」
「トリア?」
「――な、なんでもありません。失礼致しました」
アルル様にしても、メル様、カタリナ様にしても。
国のことをあれこれ言われても、自制されていたというのに。
――貴様如きが剣聖など、文字通りお国が知れるというものだ。
ベロニカを貶すために師匠の名前を持ち出した瞬間、お三方の顔色が変わった。
「愛されてるなぁ、なんて。こんな場面で知りたくなかったよぅ……」
ボクが思っている以上に、あるいは姫様方自身が思っている以上に。
寄せている感情は同じではないのかもしれないけれど、師匠は大切に想われているみたい。
「……うん?」
そんなことを考えていると、ボクが持っている紙にも新たな文章が浮かび上がってきて。
――指南される者が可哀想だ。
「よくここまで色んな嫌味を思いつく、なぁ……!」
当たり前に。
「トリア?」
「……」
ボクだって、腹が立っている。
他の人が目に見えて怒ってくれているから、多少冷静でいられているだけだ。
師匠は直接こんな暴言を浴びせられても我慢していると考えれば、どんどん頭が冷えていく。
「怒って、いいんだよ?」
「いえ」
怒らない、怒るべき時じゃない。
「思い知らせれば、良いだけですから」
「……ふふ、安心したよ。やっぱりトリアも、ヤる気満々だね」
そんなの、言うまでもないんですよ、メル様。
師匠がボクを見つけてくれたから、今のボクがある。
感謝もしてる、敬慕の念がある、いつだって恩を返したいと願っている。
「メル様」
「何かな?」
「思う存分、ボクを使って下さい」
「もちろん。頼りにしてるからね」
アストラというよりも、アモネスはベロニカを侮っている。
もしかしたら、逆上させて何らかの事件を起こしたかったのかもしれないけれど。
「お疲れ様でした、師匠」
「おートリア、ありがとさん」
師匠が困ったように笑いながら帰ってきた。
「本当に、お疲れ様でした。今、飲み物を用意しますね」
「うん? なんだ、えらくサービスが良いじゃないか」
冗談めかして言ってくれるけど、あれだけ罵詈雑言を浴びせられたんだ、疲れないわけがない。
ボクに、ボクたちに気を使ってそうしてくれているなんて、明らかだ。
「陛下とメル様、カタリナ様からも労いのお言葉を頂いています。よく我慢してくれたと」
「ん? んー? いや、まぁ確かに我慢はしたけども」
紅茶にハチミツを少し垂らして、少しでも疲れが癒えるように。
「どうぞ」
「あ、ありがとう。って、ハチミツ入りとはまた豪華な……」
「ちゃんと許可は貰っていますよ。他にもお出しできますけど、何か食べたいものとかありますか?」
枢機卿たちへ振る舞うための料理とは別に、何でも作らせてくれと料理長は胸を叩いてくれている。
本当に、遠慮なんてしないで欲しい。
「い、いやトリア? なんでこんなおもてなしみたいな労いを受けているんだ俺は」
「だって! あんな事言われても! ずっと我慢してくれてたじゃないですか!」
今や城にいる全員が枢機卿たちへと反感を募らせている。
よくも祖国を、よくも我が剣聖をと。
ボクだって、姫様たちだってそうだ。
「あー……やっぱメッセージは失敗だったかな」
「なんでですか!?」
「イラッとしたのは確かだよ。けどな」
――その分、トリアたちがしっかりやり返してくれるんだろ?
なんて。
「……師匠は、ずるいです」
「何か最近良く言われる」
何でもないように、いうから。
「任せて下さい」
「あぁ、任せた」