相性、噛み合わせ
百合の騎士。
言葉に込められた意味を俺は理解できないが、一部の……特にメイド部隊からトリアはそんな呼ばれ方をするようになった頃。
「はぁっ! はぁっ! く、ぁ……ぷ、はぁっ!」
「あぐ、ぅ、うぅ……」
アストラの枢機卿が来る三日前を迎えた。
進捗は取り繕うこともできず芳しくない。
こんな短期間で完璧な連携を築くことができるなんてことはあり得ないが、それ以前の状態だ。
「ベルガさん……」
カタリナもどうしたものかと心配そうな表情だ。
「とりあえず、二人の介抱を頼んでいいか?」
「……うん」
倒れ伏して荒い息を繰り返す二人の下へ向かっていくカタリナを見送って。
さて、どうしたものかと考え始めたときにアルル様が近づいてきた。
「ベルガ、単刀直入に伺いたいのですが、勝算は?」
「クルセイダーの力量を俺と同程度と考えるのなら一割に満たないでしょう。カタリナと捉えて三割と言ったところです。コンビ戦である以上、どれだけ強くなったとしても敗北する可能性は消せませんが」
「厳しい、ですわね」
もちろん、敗北の可能性が消せないのは相手も同じ。
しかしながらに、芳しくない最大の原因。
二人の呼吸が嚙み合っていない。
決定的な場面で妙な遠慮が見えることを考えれば、負けると言いきれてしまう。
「見えましたか」
「……ええ」
だからこそアルル様の表情も険しいものになっているのだろう。
時見で敗北している未来が見えた。その光景を信じたくなくて思わず聞いてしまったってところか。
「宰相の仕事はほぼ全て内務官とわたくしで捌き、トリアとの時間を増やすよう計らっているのですが」
「言いたいことはわかります、その割に互いへと遠慮が見られると言いたいのでしょう。俺も、そう感じています」
二人の仲は悪くないどころか良好だ。
メルは確かに人見知りではあるが、同類とでもいうのか、同じ立場にいる相手にはそこまで緊張しない。
家族、オタク仲間、同じ師を仰ぐ姉妹弟子。
そんな関係の中で同じ師を仰ぐ仲だから、トリアと最初からある程度打ち解けられている。
「相性は悪くない。と、思っていたんですけどね」
「……」
やや前衛よりの中衛に、まだ魔法剣士とは言えないが凄腕とは言える魔法使いメル。
後衛よりの中衛に、守備することへ対して天才的な感性を持つパラディン、トリア。
役割から考えれば、ダブルの中衛。
決定力に欠ける組み合わせだが、大きく崩れる可能性は極めて低い組み合わせである二人ならと思っていた。
「性格、いえ、本質的なとでもいうのでしょうか? 命の捉え方が違うように思えるのですが」
「それは王としての私見ですか?」
「トリアに対してはそう。メルに対しては姉として」
「ふむ」
アルル様の観察眼、人を見る目は疑えない。
俺が来る前から国のガンとなる人物を見抜き利用しようとしていたアルル様だし、時見のギフトだってある。
外堀アタックに関しては置いておくにしても、俺の弟子だからという理由だけで近衛に選抜したりしないだろう、アルル様がトリアを見て実力含め信用できると判断したんだ。
「トリアは……上手く、言えませんが。命を絶対的に護るべきものとして見ているように思えます。対してメルは、命を使ってこそと捉えている面があり、価値観が噛み合わせの悪さと言いますか、遠慮を生んでいるのではないでしょうか」
「トリアはまさにと言ったところ。ですが、メルはどうなのでしょう? 俺にはいまいち掴みかねますが、命を使ってこそという考えは王族だからこそあるもので、むしろ遠慮する理由にはならないのでは?」
「責務として命を使う覚悟はわたくし含めてメルもできているでしょう。カタリナはしなければならない、止まりではありましたが。ですがそういった意味ではありません。一番近い言葉があるとすれば、メルはあなたと似ているように思えるのです」
「……なる、ほど」
命を使う、ね。
そう言われてみれば、かもしれないと思える。
メルの目的は母親を蘇らせることだ。
今でこそ落ち着いてはいるが、出会ったときのメルに今の状況を言えば、考えたくないがカタリナのことなんて知らないとでも言い放っていたかもしれない。
究極的な極論を言えば、母親を蘇らせるためにカタリナの命が必要だと言われたのなら、自ら手掛けていてもおかしくないと思える危うさがあの時のメルにはあった。
「あなたも、同じでしょう? あの人とやらに追いつける、並べる、追い越せる証明が……仮にベロニカを滅ぼすことだと言われたのなら――」
「やっていたかもしれませんね」
「やっていたかも?」
「今ならもうちょっと考えますよ」
ここで出会った人たちを自分の欲望に巻き込みたくないと思う程度には愛着がある。
それでもそれしかないと言われたのなら。
「そうですね、今と同じく皆を稽古して強くして……その上で、正々堂々宣戦布告でもして戦います」
「ふふ……ありがとうございますわ」
物騒な話ではあるが、アルル様は嬉しそうに笑ってくれた。
けどまぁ、そうか。
思い返してみれば、最初のコンビ戦にしてもトリアを守ろうと魔法を使った。
かつてであったのなら、トリアを犠牲にして相手を攻撃していてもおかしくない。
自分の変化した内面に、持ち合わせている技量が適応できていないというのなら。
「一度メルと話をしてみます」
「ええ、頼みましたわ、ベルガ……我が剣。わたくしも、最悪を選び取る覚悟は進めておきます」