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重ねないと見えないもの

 ――才能がない、やるだけ無駄だ。

 ――ただ他の者達の足を引っ張るだけだ。


 ずっと。

 ずっとずっとそう言われてきた。


 何をやっても上手くできない、だから上手くできるように努力すれば、努力することを煙たがれる。


 仕方ないと思っていた、思わないとダメだった。


 だってボクは、本当にダメな子だったから。


 そうしてあらゆることができなくて、できるかも知れないことの底に眠っていたものが騎士だった。


「クク、どうした? 震えているのか?」


 入団試験に合格した時の気持ちを覚えている。

 何かの冗談だとしか思えなくて、自宅に届いた召喚状がくるまで次の仕事探しに奔走していたくらい。


 震える手で、現実感がないまま召喚状を握って、入団式に行って。


 今度こそはと胸に決めた。

 文字通り命がけで、騎士という職に殉じようって。


 けど。


「ふん。僕を無視するとは流石落ちこぼれだ、つまらない」


 ダメだった、落ちこぼれだった。


 周りがどんどん実戦に出ていく中、ボクだけが留守を任された。

 幸い、できないにしても雑用くらいは時間を掛ければできたから。


 皆が訓練をして強くなるために、強くなることに集中できるように。

 そう思いながら雑務をこなして、諦めない気持ちのままに夜剣を振って。


 余計にダメになっていって、心が折れそうに……うぅん、多分ヒビは入っていたそんな時。


「ビスタさん」


「あぁ?」


 あの人が、剣聖様が……師匠が。


「よろしくおねがいします」


「はっ! 良いだろうよろしくしてあげよう!」


 ボクの手を引いてくれた。

 最初は付き人というか、身の回りの世話をする人がほしかったのかな、なんて思って頷いちゃったけど。

 

 そうじゃない。そうじゃなかった。


 差し出した手をビスタさんに握られる。

 ボクとは違って、ちゃんとした騎士の手だ。


「両者定位置に!」


 勝てるかなんてわからない。けど勝てるわけがないなんて諦めない。

 だってそれは、こんなボクを見つけてくれて、信じてくれた人の前で出来るわけがないこと。

 

 全力を尽くす。

 それが、ボクにあんな澄んだ目を向けてくれたことに対してできる恩返しで。


「……見てて下さい、師匠っ!」


「両者尋常に勝負――始めっ!」


 弟子としての、当たり前だと思うから。




 ――刃があると思うな、相手の剣を手の甲で弾くイメージだ。


「ちぇすとぉおおっ!!」


「っ……!」


 やっぱり、速い……っ! 全然見えないっ!


「よく、避けたじゃない、かっ!」


 けど。


 振り下ろして、切り上げる。

 騎士剣術の、基本くらいボクだって、知ってる!


「そこっ!!」


「う、おっ!?」


 切り上げに、ハンドガードで守られた拳をぶつければ、剣閃が逸れてビスタさんの脇ががら空きになった。


 ――上手くいってもすぐ行くな、距離を取れ。お前の踏み込みよりも相手の剣の方が速い。


「っと、ぉ」


 師匠の言葉を思い出しながら。

 大きく距離を取って、もう一度仕切り直しといった風に構え直す。


「おま、えぇっ!」


 ――初撃かその次。成功すれば成功するほど、どんどん楽になっていく。奴さんはプライドが高そうだからな、良いパリィの練習相手になってくれるさ。


 ……そっか、挑発に思えちゃうのか。

 ビスタさんにとっては今の隙は致命的なもの、にもかかわらずボクがいかなかったから。


 ボクを睨んでくる目にはわかりやすいほどに怒りが浮かんでる。

 何かを叫びながら突っ込んできて、またさっきと同じ振り下ろしの斬撃が。


「ふっ!」


「ぬ、ぐっ!?」


 簡単に弾ける。

 パリィって言うんだっけ? うん、これなら、ボクでも。


「くそっ! くそっ! おまえ! おまえぇっ!」


 見える、できる。


 ――パリィのコツが掴めたなら、どうすれば攻撃できるか考えろ。まぁ、その必要はないかも知れないけどな。


「づっ――」


「……なる、ほどです」


 すっかり忘れてたけど、マインゴーシュには刃がある。

 弾いている内に、何度かこの刃が掠っていたんだ。


 その必要はない、そういうことですか、師匠。


 ――だが、ダメージを負えば冷静になるもんだ。勝負はそこからだぞ。


「……おい」


「なんでしょう」


 肌でわかった。

 場の空気がものすごく冷たい。


 これからが、本番。師匠いわくの勝負が始まるんだ。


「落ちこぼれと言ったこと、謝罪する」


「それは、その……ありがとう、ございます? いえ、お気に、なさらず?」


 あれ? 流れが変わったのはそうなんだけど、あれ?


「見苦しい姿を晒した。この勝負が終われば、団長から潔くお叱りを受けよう。剣聖へ……いや、お前の師匠にも謝罪する」


 空気が、澄んでいく。

 ビスタさんから放たれる気配が、鋭くなっていく。


 ……本気、だ。


「気づけなくて悪かった。お前の努力、意思を軽んじて申し訳なかった……謝罪の意を込めて、次の一太刀、全身全霊を尽くす」


 怖い。


 これが、王国騎士団、副団長ビスタ、さん。


「改めて、お見せしよう。これが、僕の剣だ――!」


「っ!!」


 う、そ?

 はや――!? い、いや、それよりもっ!


「はぁあああっ!!」


 こ、ここだっ! この、振り下ろしの一撃へ!


「甘いっ!」


「な、ぁ……?」


 そう、だった。


 次期剣聖と謳われていた、この人は。


「曲、閃……」


「――」


 弾こうと狙った剣筋が曲がった。

 ボクのパリィをすり抜けて、剣先がボクの首筋に突きつけられる。


「そこまでっ! 両者下がって、礼っ!!」


「ありがとうございましたっ!」


「あ、ありがとう、ございまし、た」


 ……悔しい。


 悔しい、悔しい、悔しいっ!!


「いい勝負だった」


「……ベルガ、様」


「いいよ、さっきまでの態度で。今度はちゃんと覚えておくよ、ビスタ」


「ありがとうございます! そして、申し訳ありませんでした!」


「だから良いって。今度また手合わせしよう」


「はいっ!」


 なんで? なんでこんなに悔しいの?

 こんなに情けなくて、自分を叱りつけたくなったのは初めてだ。


 ボクは、ボクは――。


「悔しいか?」


「は、い……!」


「なら良かった。次は勝とうな」


「……はいっ!」


 もっと、強くなりたい。

 いや、なってみせる。絶対に。

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