届く可能性
「ではアルル様はカタリナに向けてショートソードの素振りを。カタリナは九手目までは回避、十手目で隙打ちして下さい。十手目が終われば感想戦をしながら休憩、その後また最初からを繰り返すようにお願いします」
「わかりましたわ」
「うん。よろしくね、お姉様」
二人を遊ばせておくわけにもいかないし、変則的な約束組手を行ってもらう。
カタリナは自分の力を相手に押し付けるタイプの使い手だけど、手筋への理解を深めるいい機会になる。
アルル様はやっぱりまだまだあらゆるものが足りていないし、少しずつ剣に対する理解を進めてもらわないとな。
「じゃあ改めてメル、トリア」
「う、うん」
「はひ」
脅しすぎたかな?
二人共少し身体が固い。
「そう固くならないで下さい。キツイのは確かですけど、怖がるような稽古ではないです。ただキツイだけです」
「二回言わないで下さい!?」
「あ、あはは……えぇと、せんせ? キツイっていうのはよぉくわかったんだけど、どうしてキツイのかな?」
おっと、良い質問だ。
単純に始めたくないというか、尻込みしてるのを誤魔化しているようにも見えるけど、まぁいいでしょう。
「勝ち方の問題です」
「勝ち方?」
「はい。今回の想定では、メルが直接的に相手を魔法で打倒するという形は取れません。かと言って、トリアは相手を倒し切ることを不得手としています。ならばどう勝つのか。トリア、わかるか?」
「……相手の攻撃を、防ぎ切る、ですか?」
その通り。
相手がどうやってもトリアを、ひいてはメルに辿り着けないと悟ること。それすなわち相手の敗北条件である。
「そう。平たく言えば持久戦の構えを取らざるを得ません」
「相手が諦めるまでとことん凌ぐことで勝ちを目指すんだね? なるほど、確かに持久戦だ」
「にもかかわらず二人に共通して言えることとして魔法的な体力が足りていない。トリアは単純に総魔力量が少なく、メルは総魔力量が恐ろしいほど豊富にありますが、魔力の使い方が下手で無駄遣いしてしまう」
身体的な体力に関してトリアはみっちり扱いているから大丈夫だし。
メルも今回に限っては守られる側というかサポートの立ち位置だ、それくらいなら十分と言える程度には体力がついた。
「うぐ。せ、せんせはもうちょっと言葉に手心を加えるべきだと思うな」
「今更といえばそうですよ、メル様。ボクは諦めました」
誤魔化しても仕方ないでしょうに。
「むしろこの点は純然たる事実であり、それこそ二週間程度では変えられない。しかし、この短所と言えるべきポイントは二人でなら長所になり得ます」
「以前教えてくれた短所をひっくり返せば長所になるって話?」
「そうです。今のままでも裏を返せばトリアは総魔力量が少ないことから魔法を使うべきタイミングを見極めるのが上手く、また節約上手。メルは魔力量が豊富が故に全ての属性魔法を高いクオリティを維持したまま行使できる」
加えて言うならトリアは戦闘思考能力に飛び抜けて優れている。
実力差が生まれ始めたカタリナの相手をなんとかでも出来ているのはそのためだ。
メルにしても、魔法を使うタイミングや選別を間違わなければ消費してしまう魔力量は問題にならない。
「あ」
「トリア? どうしたの?」
「えぇと、まさか、ですけど師匠? ボクに戦いながらメル様を指示しろとか、言ってます?」
「まさか」
「で、ですよね? あ、安心しました……」
流石にそこまで器用さを求めてはいない。
以前のパーティ戦訓練だって、トリアは動かないことで指揮が出来ていたんだ。
「だから二人には魔力パスを繋いだまま護衛戦の訓練をしてもらいます。やったなトリア! これで魔法使い放題だ!」
「え、えぇえええぇっ!?」
「メルも喜べ! 聖魔法を研究できるいい機会だぞ! もしかしたらとんでもない発見があるやもしれん!」
「あたしに魔力の外付けタンクやれってことだよね!? っていうか聖魔法なんてパラディンしか使えないじゃん!! 適性のないあたしじゃすぐ枯渇しちゃうよ!?」
おっと、メルはパスについて知っていたか。
そうです、その通りです。
「短所があるのなら長所に変えればいいじゃないってなもんではありますが、時間が足りないです。加えて言うなら暫定的に俺と同程度にクルセイダーが強いというのなら、勝ち筋はトリアとメルの組み合わせかつ、トリアのホーリーヴェイルに頼るしかない」
「え? ちょ、ちょっとまってください。今、とんでもないこと言いませんでした?」
「とんでもないこと?」
「師匠と同程度なんてとても考えたくないですけど、ホーリーヴェイルに頼れば勝てるって……それってつまり」
あぁ、そういうことね。
「そうだぞトリア。もちろん使い方を考えなければならないが、俺にホーリーヴェイルは効く。ディープアナライズを使っても解析できない魔法だし、まったく底が見えないからな」
「っ……」
今の所弟子や生徒たちの中で、唯一俺が完全に攻略できない可能性を秘めているものがホーリーヴェイルだ。
どういう使い方をするかって言う予想に対して対処しか出来ない。
魔法そのものを無効化したり消失させたりということが出来ない以上、俺の想定を超えるイコール俺をどうにかできるということだ。
「ともあれ。キツイと言った理由はパスを繋げながらの訓練になるからです。一週間でパスに慣れて、残りで動き方を慣熟する。この予定で進めますので、頑張って下さいね」
「……はいっ!」
「わかった。せんせに届く可能性がこんなとこにあったことにはびっくりしたけど、まずはカタリナちゃんのことに集中する」
よし、それじゃあパスを繋げることから始めるか。