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同志、あるいはお嫁さん

「あの、確信犯ですよね?」


 テレシアさんからの返事はない。


 自分の部屋に運ばれて。

 ポイ捨てよろしく乱雑に投げられでもするのかと思っていたんだけれども。


「ニンゲ――いや、カタリナ様」


「えっ!? あ、あの? えと、はい?」


 予想に反して恭しく、まるで身重の妊婦を扱うかのようにベッドへ丁寧に降ろされてみれば様付けだ。


 どういうことなの……わけがわからないわ……。


 あの部屋で会った時はもっとこう、いつも通りだったじゃない。


「感謝申し上げます」


 にもかかわらず深く頭を下げられた。


「ちょっ!? や、やめて!? ど、どうしちゃったの? 私、テレシアさんにお礼を言われるようなこと、何もしていないわ」


「そう思われているならば、余計にと言うものです」


 見当がつかない私へと穏やかに。

 今までこんな顔をするテレシアさんは見たことがない。

 まるで聖母か何かを思わせるほど、優しく慈しみ深い笑顔だ。


「わからない、けど。テレシアさんにそう丁寧に話されると落ち着かないわ。前みたいにとは言いたくないけど、もう少し砕けた話し方にできない?」


「そうお望みであれば――助かるぞ、ニンゲン。わたしも正直口にしていて気分が悪くなってきたところだ」


「うわ、いっそ清々しいほど前に戻ったわね。いや、構わないんだけど」


「だが、慣れておいてもらわなければ困る。流石に貴様がご主人様の妻となった暁には失礼を重ねるわけにはいかないのでな。わたしも努力しておくことにするから、精進するように」


「う、うん……って、つつつつ、つまぁっ!?」


 あれぇ!? 急にどうしたのテレシアさんってば!?


「もっと直接的な言葉を使わなければならないか? わたしは貴様をご主人様の妻として認めようと思っている。そのためにも新たな関係構築のため努力し精進を共にしようと言っているのだ」


「わからなかったわけじゃなくてね!? だから私テレシアさんに何かしたっけって話でね!? ほんと急にどうしたの!?」


 いや本当に。

 さっきからずっと表情は変わっていない。

 今までだったら露骨に眉を顰められたりしていたというのに、なんなのよこの変わりようは。


「わたしには、そうだな。確かに何も」


「だよね? だったら――」


「だが、ご主人様にな」


「ベルガ、さんに?」


 ……それこそ、思い当たらない。

 毎日美味しいご飯を作ろう、食べてもらおうなんては思っているけれど。


「ご主人様の喜びはわたしの喜び。ご主人様の幸せはわたしの幸せ……。自覚がないようだから言っておくが、ご主人様に初めての感情をお前は植え付けようとしているのだぞ?」


「初めての感情……? ごめん、よくわからないわ」


「端的に言えば恋愛感情というものだな」


 はい?

 れんあい、かんじょう?


 それって、ベルガさんが、私を、好きって、こと?


「あわわっ――」


「何を慌てている? もしかして嫌なのか?」


「い、いやなわけない! け、けど、その、ほんとに?」


 私には恋をするという意味での好意はよくわからない。

 でもその上でベルガさんに恋することはあると思ってはいた。

 だから、恋させてなんて大胆なことを言えたんだ。


「わたしはご主人様のことをご主人様以上に理解している自負がある。いや、ご主人様自身もそう言うだろう。そんなわたしの言うことが信じられないか?」


 だっていうのに、その逆をテレシアさんが言っている。


 ベルガさんが、私を好きになるなんて、ありえるの?


「……ご主人様は誰かが自分をどう利用したいかを見抜く洞察力を得た代わりに、尊重されるであるとか好かれるといった感情に殊更鈍くなってしまわれた。だから貴様たちが朴念仁と評することは正しいし、その自覚を促すこともまだ難しいだろう。だからご主人様に代わり謝罪する、やきもきさせてしまってすまない」


「……うぅん。この前ベルガさんの昔話を聞いたから……なんとなく、わかるような気がする」


 私も。

 ううん、アルルお姉様もメル姉ぇもだろうけど。


 立場や名前と言ったものばかりを見られていたから、そういう視線には敏感になってしまった。


 だからこそ、という面もあるのかもしれない。

 ベルガさんが、何の裏表もなく自分自身を見てくれることを嬉しく思ったのは。


「であれば良かった。そして、そう。ご主人様はその才能で過去から今にかけて。おおよその人間が辿るだろう道筋の一部を欠いておられる。欠けたものを埋めようとしてくれている相手に感謝を伝えるのは、あたりまえのことだ。自覚があろうがなかろうがな」


「……」


 欠けた道筋、か。


 あの時ベルガさんから聞いた話は、当たり前に人の営みから逸脱している。

 普通の人が手に入れられないものを得られた代わりに、誰もが手にできるものを得られなかった。


「私、ほんと、鈍いなぁ」


 こうしてテレシアさんが教えてくれるまで、そんなことにも気づかなかった。

 たまにベルガさんが一瞬浮かべる本当にわからないって顔は、鈍いからなんかじゃなかったんだ。


「気づいて欲しいとご主人様が望んだわけでもなければ、助けて欲しいと言ったわけでもない。あえて言うならわたしが勝手に期待しているだけだ。気にしなくても良いんだぞ」


「うぅん。教えてくれて、良かったし嬉しかった。だって、私――」


 私?


 ……あぁ。


「そっか」


「む?」


 なりたいんだ、ベルガさんが手に入れられなかったものに。

 埋めてあげたいんだ、ベルガさんの欠けている部分を。


 恩返し? もちろんそんな理由もある。


 でも何よりも。


「私は、ベルガさんを真っ直ぐに見たい」


 剣聖でもなく、魔法使いでもない、ベルガさんと向き合いたい。


 そして――。


「もう一度、言っておこうか」


「え?」


 遮られた思考、止めた本人は、やっぱり穏やかに笑っていて。


「今後ともよろしく頼む、カタリナ。共にご主人様を支えよう」


「――うんっ! よろしくね! テレシア!」

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