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朴念仁と

 結局のところ。


「なぁ、カタリナ」


「うん? あ、もしかしてお肉はもっと焼いた方が好みだった?」


「いや、これくらいが好みだよ。いつもありがとうな」


「ど、どういたしまして。えっと、それじゃあ何かしら」


 料理上手で別嬪さんが近くにいる生活ってだけでも世の男からは羨ましがられるのだ。

 更に言うなら剣の腕も才能込みで最高のものを持っている。


 疑いようもなく、今まで送っていた生活の中で最高の環境だ。


「一つ提案があってな」


「提案?」


 この環境を維持するために少しの努力が必要であるというのなら、それはまさしくやるべきこと。


 愛情だなんだってのはわからない。

 でも、好き嫌い程度のことはわかるし、俺はカタリナのことが嫌いじゃない。


 つまり。


「嫁にならないか?」


「んへぁっ!?」


「なんだその反応」


「げ、げほっ、ごほっ! ご、ごめんなさいっ!? い、いやあの!? せ、先生? ちょ、ちょっと何を言ってるのかわからなかった。も、もう一回言ってくれないかな?」


 きっちりお話伺いますとフォークやらなんやらをテーブルに置いて姿勢を正したくせに、喉にご飯がつかえたかのように咳き込んで。


 うーん、腹を決めたからだろうか、やけに可愛く見えるな。


「俺の嫁にならないかと言ったんだ。王族との結婚にはどういうものが必要なのかとかは知らないけれど、俺はお前を手放したくない」


「――」


 そういうことなのだ。


 もしかしたらカタリナよりも剣の才能があって、鍛える必要もないほどの強者がいるかもしれない。


 けれど、こうして毎日美味しいご飯を用意してくれて。

 穏やかな日々を送りつつも、稽古の時は真面目かつ楽しそうにやってくれるような人はいないだろう。


 だから、手放したくない。


「世間一般的に言う男女の仲、二人を結びつける愛情をカタリナに感じているのかって言われたら……男らしくないけどわからない。それでも、カタリナが欲しくて、手放したくないとは言える」


「……」


 未だに目を丸くしたままのカタリナだ。

 こういう時の作法はどうしたらいいのだろう。

 黙って理解が及ぶまで待っていればいいのか、それとも言葉を尽くせばいいのか。


「カタリナが、必要なんだ。アストラやわけわからん神になんて渡したくない。その為にカタリナの夫になる必要があるならなるし、その神を殺す必要があるのなら殺してみせる、だから――」


「――せん……うぅん、ベルガさん(・・・・・)


 ようやく、なんて言うのはデリカシーがないか。


 驚きから回復したらしいカタリナは、いつもの先生呼びではなく、俺の名を口にして穏やかに微笑んだ。


「すごく、嬉しい。あなたに必要だって言われたことが、特に」


「なら」


「ううん、待って、最後まで言わせて? 正直に言えば、今すぐ頷いてしまいたいの。色んなこと、アストラのことも、信徒である民のことも忘れてね」


「……あぁ」


 カタリナの微笑みに少しだけ残念がるような色が射した。


 これはもしかしてお断りってやつの流れなのでは? ……あ、なんか胸が苦しい。


「そ、そんな顔しないでよ!? わ、私がしたい顔よそれは」


「わ、悪い」


「もう……えっとね? 私はこの国の姫なのよ。自分よりも民の幸福を考えるべき立場にいるわ。お姉様がアストラに行けと言ったなら、そうする心構えはしているわ」


 想像していた通り、カタリナは自分でもそうすべきだとは思っている。


 それでこそ、なんて思うけど俺にとって不都合なのは確か。


「だから、ね? その……もらって、ほしい、というか、えぇと、ね? ……も、もうっ! わかってよ!」


「どうした急に」


「この朴念仁っ! 私が欲しいなら! 国から私を奪って欲しいの! 私だって! ベルガさんのことを好きかなんてわからないけど! あなたに必要とされたいって思ってるの! でも自分じゃどうしようもならない、何も思い浮かばなかったから! 助けてほしいの!」


 ふしゃあ、と。

 猫の威嚇を思い起こさせるようなキレ方をしながら、一度に言い切ったカタリナさん。


 まぁなんというか。


「簡単な話だな」


「か、簡単って……もう。これでもアストラの話を聞いてからずっと悩んでたつもりなんだけど」


「そうか。けど、良いのか? これでも悩んでいたんだ、いわゆる男女の関係ってのはこう……もっと好きあうのが普通なんじゃないのか? カタリナが俺を好きだなんて思いあがったつもりはないけれど、自分でもわからないっていうなら。まずはそのあたりを解決しなくても良いのか?」


「……ベルガさんって、意外なところで乙女なのね」


 乙女て。


 むしろ平民としては普通の考え方だと思うんだけども。


「恋愛結婚なんて、王族として生まれた時から諦めてるわよ。けど、そんな心配をしてくれるのなら将来のお嫁さんからお願いが一つあるわ」


「あ、受け入れてはくれるんだな。なんでございましょ?」


 何というか、お断りされなかったからか妙な安堵感がある。


 悪くない気分だ。

 夫婦ってのがどうあるべきなのかはわからないが、嫁って言葉を使って言われるお願いなら最大限叶える努力をしよう。


 そう思って、姿勢を正して伺ってみれば。


「お嫁さんになってから、あなたに恋させて?」


「――」


 それは何とも俺にとって困難なお願いだが。


「わかった」


「ふふ。じゃ、左手の薬指はあなたで予約しておくからね」


 初めて可愛いと思った異性のお願いなら、なんとしてでも叶えようと思ってしまった。

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