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魔法は奇跡を超えても人を超えられない

「ぜ、は……くぁ、う……ぷはぁっ!」


「お疲れ様です、メル。散々魔法に振り回された気分はどうですか?」


「ご、ごめ……ちょ、ちょっと、まっ、て……」


 両膝に手をつきながら、あぁいや、たった今両手は地面についた。


「な、んと……いう」


「これが、剣聖様の訓練、か……」


 若干ドン引きされている気配を感じるけど、まぁ気にしない。


 重ねていうがまずは身を持って知ること。


 敏捷性に限らず、おおよそのブースト系魔法を体験したメルは思い切り魔法に遊ばれた。

 身体中擦り傷に打ち身、何ならもう自分の身体を腕で支えるのだって厳しいはず。


 メルは、ブーストされる(・・・)状態をこれで学んだ。


「せ、せん、せ……こ、これ、って、さ」


「ええ、何を聞きたいかはわかりますよ。そう、身体強化という魔法は気軽に手を出していい魔法ではないです」


 やっぱりメルは考え始めるきっかけ、スタートラインを提示すればすぐに答えへとたどり着く。


 貪欲、とでも言うべきか。

 振り回されながらであっても俺が行使した魔法の術式を確認しようとしていたし。


「や、やっぱ、り? あ、あたし……ふ、ふぅー……うん、浅慮を思い知っちゃった、な」


「いえ。だからこそ任意発動できる形、つまりは付与魔法として装備に術式刻印を行うという発想は正しいと言えるでしょう、しかし」


「習熟には、長い時間がかかる、ね」


「はい」


 多くの意味で習熟、慣熟には時間を必要とする。


 ブーストによる急激な身体能力向上に対応できるようにってのはもちろん。

 魔法効果を自分にとって安定したものに収められるように、どれくらい魔力を注げばいいのかだって難しい。


 何より個人ならともかくも、部隊として揃えるというのなら。

 俺やメル、部隊の兵が想像しているより遥かな時間を要するだろう。


「何より……この全能感だよ。すごく、気持ち悪い」


「そう思えたのなら、俺としては安心できたというものです」


 そこまで見えたというのなら本当に言えることが無くなってしまった。


 できなかったことができるようになる。

 苦労を伴った努力が実ったというのなら誇るべきことだろう。


 だが。


「ダストコープスへの依存って、こういう面もあったんだね」


「誰だって苦労はしたくないものです。より簡単に力が手に入るというのなら、手を伸ばしてしまう人もいるでしょう」


 そこまで想像できなかったと、身体を起こしたメルが悔しそうな表情を浮かべる。


 カタリナが思い上がりに近い考えを持っていたことも、ある意味ブースト魔法のせいと言ってもいいだろう。


「もちろん、メルが言っていたように戦闘時ではなく移動にのみ使うと言うのなら効果的でしょう。しかし、付与魔法を発動しブーストするという形は、言い換えるのならば任意で発動できるということ」


「……本来自力で十分対応できる局面であっても、ブーストに頼ってしまいかねない、ね」


「その通り。ある意味依存の始まりと言っていいでしょう。律することが出来ている内は良い、ですが生死のかかった局面でまで強い心を持ち続けられる人は多くない」


 だからこそ前線の兵たちには向精神薬が配給される。

 死に向かう恐怖を、興奮で誤魔化すために。あるいは、痛みを感じないで死ぬために。


「一度手を出してしまえば、その次はもっと簡単に使っちゃう、か。わかりたくないけど、わかっちゃうのが辛いね」


「単純に術式難易度が高いことは救いと言っていいでしょうね。誰にでも簡単に使える魔法ではないですから」


「そうだね……だからこそ、付与魔法でって思ったけど……ままならないなぁ」


「以前にお話したリソース問題と、使わずにできることを増やすほうがいいと言った理由はここにもあります。楽に強くなる方法はありますが、努力をしないでいい方法はないものですよ」


 努力に比べて圧倒的にメルは経験が足りていない。

 楽に強くなる方法を求めているわけじゃないことは重々承知しているが、結果的に効率というか進んではいけない近道を歩こうとしてしまう。


「幸いと言えるのかはわかりませんが、フリューグスの動きは落ち着いています。これを機に一度じっくり訓練と必要なことを考えてみてはどうですか?」


「わかっては、いるんだけどね」


 曖昧な笑顔だ。

 何か気がかりがあるって感じだが……ふむ。


 兵達は流石にメルが自ら選抜した人たちというべきだろう。

 メルに対して行った授業を見て、それぞれ思うところがあるのか思案顔をしている。


 優秀、なんだろうな。

 極限状態に置かれた際にモノを言うのは心の強さだし、いざという局面でどうかまではわからないが。

 それでも自ら率先して楽な道を進もうとしないとは思える。


「何にしても、現状リアが装備に付与できる魔法は一つか二つ。魔法剣士隊の皆さんと相談して考え直すもよし、訓練の時間を増やしてリアの成長を待つのもよしです」


「……うん」


「メルが俺の授業で多くのことを学び、気づいてくれたように、彼らと交流することで見えてくるものもあるでしょう。ほら、ひきこもりオタクからオープンオタクになるチャンスと思って下さい」


「ぷっ……なにさ、それ。ちゃんとお話くらいできるように、なったんだからね? もう」


 そこでようやく肩の力を抜いて笑ってくれた。


 直接口にこそしないが、メルにとって身内以外との交流は必要なことだろう。

 立場というものが邪魔をしてしまうかもしれないが、それでも魔法剣士隊という括りから考えるのならメルは部隊長でもあるのだ。


「人は人に着いてくるものです」


「人は、人に?」


「ええ」


 そして力には欲がついてまわるもの。


「……人は、人に……か」


 メルには多くのことを知ってほしい。


 見て、触って、経験して。


 その上で死者蘇生という手段を取るなら取ってほしい。


「頑張って下さいね」


「……うんっ」


 回り道をしなければ、出会えない景色というものは確かに存在するのだから。

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