姫会議
「――リナ? カタリナ?」
先生の、全力。
ずっと、怖いと思っていたあの空気と雰囲気。
それに、立ち向かえた、通用した。
「カタリナ? ……だ、駄目ですわね」
「カタリナちゃーん? おーい?」
嬉しい。
すごく、嬉しい。
何より嬉しいのは。
――待ってる。
「――ふふっ」
「あ、駄目だね、うん」
もちろん、悔しい。
まだまだ格が違うんだと思い知らされた時は、頭が沸騰しそうになるほど悔しかった。
それでも――。
「カタリナっ!!」
「はひゃっ!? ひゃいっ!」
「もー、カタリナちゃん? 嬉しいのはわかるけど、ちゃんと切り替えようよ」
「え? あ? う、うん……ご、ごめんなさい」
そうだった。
もう指南の時間は終わって、これからについての会議だった……私としたことが。
「気持ちは……あぁいえ、やっぱりわたくしにはまだまだ次元が違いすぎて理解が及びませんわ」
「あたしもそうだよ。正直、ほとんど見えなかったし」
それは、そうだと思う。
何より私がまだちゃんと受け止められていないんだ、肩を並べられたってことに。
「並んだ……えへへっ」
「……なんでしょう? 無性に腹が立ちますわね」
「あたしもだよアルルちゃん」
「ご、ごめんっ! も、もう切り替えられたから! うん!」
うー、いけないいけない。
並べたとは言っても、細剣術だけなら、だ。
最後の先生の動きは全然見えなかったし、先も見通せなかった。
こんな領域で満足している場合じゃないんだ、まだまだ先生の住んでいる場所は遠い。
「ふぅ。ではまたいつあちらへ行かれてしまうかわかりませんし、カタリナのお話から進めましょうか」
「そうだねアルルちゃん」
「も、もう大丈夫だから! ……だ、大丈夫だもん」
ほんと? みたいな目で見ないで……うぅ、でも今日はちょっと自信ないかも。
「ではメル? アストラ教国からの返事はまだ?」
「うん。通告書みたいなものだし、なくてもおかしくはないけど……教国だからねぇ、礼書か親書、何かしら返事はくれると思う」
永世中立、アストラ教国。
私が子供のころに五年間お世話になった国だ。
「返事がないことが返事、とも取れますが……カタリナがベルガの妻になるためには必要なやり取りがありますし、もう一度手紙を送りますか?」
「なんとも言えないねぇ。だったらもうせんせと一緒に直接行ったほうが早い気もするよ。ほら、旅行にはいい場所だし」
「りょこっ!? それってしんこんっ!?」
なななな、なに言ってるのよメル姉ってば!!
わ、私たちはまだ、その、夫婦にはなってないし、こ、婚前からそんな――
「えへぇ」
「……殴りたいですわ、このだらしない笑顔」
「激しく同感」
ま、またあの逞しくて温かくて、安心できる胸に抱いてもらえるのかな?
だ、大丈夫だからね先生!
今度は私、泣いてばかりじゃないから!
「こほんっ!」
「は、はいごめんなさい!」
「一応確認しておくけどさ、カタリナちゃん。婚前交渉なんてしてないよね? まだカタリナちゃんは神の妻の一人なんだから。ベロニカの一姫としてももちろん、駄目だからね?」
「わ、わかってるわ! そ、その……製造所の後のこと、思い出しちゃって……ごめんなさい」
そうだ、まだ私は聖十字教の修道女なんだ。
古臭くて面倒くさいしきたりではあるけれど、無視していいものじゃない。
「カタリナに意地悪をするつもりはないのですが、ガイとノルドラが残した爪痕はまだ癒えきっていません。国力回復は最優先としたいところ」
「だね。アストラとのやり取りは返事が来次第でしか動けないから……うん、まずはダストコープス中毒者の治療と、魔法剣士隊含めた兵士たちの再編成と練兵。後はリアさんの付与魔法装備生産援助が当面のやるべきことになるかな」
そう、よね。
私たちにはまだまだやらなければならないことが多くある。
民と一緒に強くなっていく。
お姉様が民へと話して、受け入れられたこと。
まずはそのために動かなきゃ。
「それで、カタリナ?」
「うん。何かしらお姉様」
「ベルガのことは好きですか?」
「ぶっ――」
きゅ、きゅうになにをいっちぇるのかしりゃ!? おねえしゃまってば!?
「アルルちゃん……そこで蒸し返すの?」
「ベルガを囲うことを王として政策としましたが、姉としては妹の幸せも疎かにしたくはないのですよ」
「聞くタイミングと順序、逆だよね?」
「確信犯ですわ。この慌てる可愛いカタリナが見たかったのです」
「自分で言わないでよ……まぁ、あたしもちゃんと聞きたいかな? カタリナちゃん」
う、うぅ……そんな真面目な顔して意地悪しないでほしいわ……。
でも。
「その、わから、ないの」
「わからない?」
そう、わからない。
「嫌いじゃないわ、それは間違いなく断言できる。じゃなきゃ、一緒の場所で生活なんて、できないもん」
「それは……ええ、そういってもらえると、安心はできるのですが」
あの人は、初めて私を見て、導いてくれた他人で男の人。
初めて超えたいと思いつつも、肩を並べたいと思った人。
「尊敬してるの。一番強く実感している気持ちで、素直に言えるならそんな言葉。だから恩……っていうのかな? 私にできることがあるなら、してあげたい。それで喜んでくれるなら、私も嬉しいって思うの。ご飯くらいしか、まだ作ってあげられてないけど」
あの人が喜んでくれると、心が温かくなる。
ちょっとは恩を返せているのかなとか、お礼ができているかなって不安だけど。
「この気持ちがお姉様の言う、好きっていうのなのかはわからない。けど、先生がこの国に居続ける理由の一つに私がなれたのなら……それはとっても素敵だなって」
私にとって先生は……うぅん、ベルガさんは必要な人だ。
そんな人の理由になれるのなら。妻にでもなんでも喜んで。
「……メル」
「うん、わかってるよアルルちゃん」
「え?」
私の正直なところを話してみれば、二人は顔を見合わせて。
「「ごちそうさまでした」」
「え? え?」
心底おなか一杯といった表情で頭を下げてきたのだった。




