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向かう先

「約束組手、ですか? トリア、それはなんなのでしょう?」


「――はい、アルル様。通常組手とは違って双方で決められた道筋をなぞる組手とでも言いますか、通常組手と違って、相手の打倒を目指すのではなく、お互いの手筋を確認しあう組手です」


 一瞬驚いた様子のトリアだったが、すぐに気持ちを立て直してアルル様の質問に答える。


 そういえばアルル様は初見だったか。

 メルは実践こそまだではあるものの、何度かトリアとカタリナがやっているのを見学はしている。


「……先生?」


「なんでしょう」


「私、我流よ? 持っていきたい状況は決まっていても、手筋はちゃんと作れてないわ。トリアとの組手でも、それが原因で冷静さを手放しちゃったみたいだし」


 自信なさげなセリフではあるが、顔はそう言っていない。


 むしろ。


「何度カタリナの剣を見たと思っているんですか」


「うんっ! そうよね! ごめんなさい!」


 いいの? 本当にやっていいの?

 なんて、期待が、喜びが浮かんでいた。


 実力を認められるってのはうれしいもんだ。

 カタリナはその傾向が強いみたいだし、なおさらだろう。


「……朴念仁」


「え? 今それを言われる理由がわからんぞトリア」


「なーんでもないです!」


 なんで不機嫌になってるんだよ……トリアのこともちゃんと褒めたじゃん……。


 まぁいいや。


「一応、ベロニカで主流の細剣術は修めています。他の剣術で応じようとは思っていませんのでそのつもりでお願いします」


「ふふんっ。私こそ、先生の剣は何度も見たわ! 全力でやってもらってもいいのよ?」


「はいはい、調子に乗らない。けどそうですね……俺と20手続けられたら、いいですよ」


「っ!! や、約束だからね! 絶対よ!?」


 おおう、逆にめちゃくちゃ気合い入ったようで。

 教師冥利に尽きるというものだけど、挑発の意味を込めて言ったんだけどなぁ。


「愛剣を使って下さい。ちゃんと対応しますので」


「後悔は先に立たないわよ? いいのね?」


「もちろん」


 いやいや、顔に使いたいって書いてるしさ。


 けど、そうだな。


「せんせ」


「はい? どうしました?」


「すごく、楽しそうな顔してるよ」


「あぁ……えぇ、そうですね。すごく、楽しみです」


 素直にそう思う。

 約束組手が20手続く。それは、ほぼ実力が対等であるということを意味している。


 つまり、もしもそれだけ続けられたのなら。

 こと剣術、細剣術という分野でカタリナは俺に肉薄する剣士である証明となる。


 簡単に追いつかせるつもりはさらさらないが。

 当初の目的、俺の稽古相手として考えられるようになるかもしれないと思うと、どうしても。


「カタリナちゃんを、よろしくね? 義弟(ベルガ)ちゃん」


「……はい?」


「なんでもないよっ! あたしも楽しみにしてるから!」


 なんだか不穏な言葉が聞こえた気がするけど……き、気のせいだろ! 




 さて、約束組手だというのに何故か作戦タイムの要請があった。

 わからないでもないけれど、約束組手を行う理由はやっぱり相手の実力をしっかり確認する面が大きい。

 訓練として行うのであればもちろん戦闘思考力を鍛えられるものだが、今回は違う。


 ――ご主人様に足る女であればいいのですが。


「訓練相手としてだよな?」


 ――いえ、侍る女としてもです。やはりご主人様の隣に立つ女には相応のモノをわたしとしては求めたいところですので。


「……う、うーん」


 テレシアはどうやらカタリナを俺の嫁として認識し始めているらしい。


 アルル様の外堀アタックにしても、メルの国を挙げてのバックアップ体制形成にしても、俺に味方はいないのだろうか。


 ――ご主人様は、あの女がお嫌いですか?


「そうは言わない、むしろ好意的に想っているよ。一緒に暮らし始めて一週間しかまだ経っていないけど、カタリナがいわゆるできた女だってのは十分わかったつもりだし。客観的事実として、性格は置いておくにしてもいい嫁さんになるだろうって思う」


 まさしく引く手あまた。

 近衛兵団長と言う肩書は増えたが、第三王女であることには変わりない。

 政略結婚なんていうのか? そういう意味でも価値を有しているだろうし。

 単純に女としての魅力も十分すぎるほどにあるのだから。


 ――では、何故でしょう?


「俺は死に向かって歩いている男だ。寿命尽きるまでという意味じゃないのはわかるよな?」


 ――はい、もちろんです。わたしはテレシア、ご主人様の意を違えようもありません。わたしとの契約がご主人様の終着点です。


 よかった、安心した。


 そうとも、俺が今を生きる理由はテレシアとの契約を果たすためだ。

 その結果が俺の敗北ならそのまま死を意味するし、勝利であってもベルガという男の生きる理由はそこで終わる。


 そんな男が、いわゆる家庭を築いて子を設けてなんていう、普通の人生を望んでいいわけがない。


 ――失礼しました。わたしは、カタリナという女が、ご主人様の生に添える華程度にはなるのではないかと愚考してしまいました。


「テレシアがいつだって俺のことを考えてくれているのはわかってるから、ありがとうな」


 ――はい……。


 珍しく、どころか初めてかもしれない。

 テレシアのいまいち納得していない様子な声色は。


「先生、お待たせ」


「……いや。もういいのか?」


「うん」


 わからない。

 テレシアはカタリナに何を見たんだろうか。


 けど、今はそんなことを考える時じゃない。


「じゃあ、やろうか」


「はいっ! よろしくお願いします!」


 余計なことを考えながら戦っていい相手じゃないのは、確かだから。

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