カタリナのいる生活
アルル様の本気加減をひしひしと感じる今日このごろ。
「おはよう、先生。パンにはハムで良かったのよね?」
「あ、あぁ、うん。ハムが良いな」
王都の屋敷、城の中、そして今度は離宮と俺は何回引っ越しをすればいいのやら。
元々は王位から退いた者が余生を送るためにと造られていた場所にカタリナと二人で住むことになった。
二人と言っても最低限の侍女さんといった使用人は居るが、俺たちが王城へ登城している間に入って掃除などを行うらしく、基本的に俺たちの前には姿を表さない。
先祖代々の習わしらしく、王の勤めが終われば人の務めと、食事の準備だなんだは自分でやることになっているらしい。
「うん。すぐ用意しちゃうから、コーヒーでも飲んで待っててね」
「わ、わかった」
だからアルル様にしてもメルにしても、最低限の料理だなんだって家事はできるそうだ。
ただ、意外と思って良いのか中でもカタリナは相当家事スキルが高かった。
勧められるがままにポットに準備されていたコーヒーをカップに注いで、テーブルに着く。
鼻歌を口ずさむなんて、やけに上機嫌なカタリナが可愛らしいエプロンを纏いながら手慣れた様子でハムを焼いてくれていて。
「どう見ても新婚生活です、ありがとうございました」
ひしひしと、どころかびしばし全力で外堀りを埋めにかかられていますよこれは。
「はい。お待たせ……って、どうしたの? そんな顔して」
「あーいや、まぁ、なんだ……今日も美味しそうな朝食をありがとうございますと」
「ふふ、ありがと。どうぞ、召し上がれ」
出された皿の上にはハムを挟んだ白パンが乗っていて、その横には小さいトマトが四個。
いつの間に用意したのやらコンソメスープもあって、湯気と共に食欲を誘う香りが鼻をくすぐってくる。
「いただきます」
両手を合わせてから、まずはスープを口に含む。
具は細かく刻まれた玉ねぎだけに見えるのに、何ともコクのあるお味が広がる。
「はぁ……美味い」
口に味が残っている内にパンへと手を伸ばせば、黒胡椒の香りがうっすら漂ういい感じに焼けたハムが見えて。
「はむっ」
柔らかい白パンと一緒にかぶりつく。
そう、こういうのでいいんだよこういうので。
香ばしさと上品な柔らかさのコラボレーション、味は黒胡椒がいいアクセントになっていてどんどん食が進んでいく。
「あちち」
胡椒の味が強くなれば、スープでリセット。
口の中をリセットしても食欲はリセット出来ず、再びパンをむしゃり。
「ふふっ」
「んむ? わ、悪い、マナーがなってなかったよな?」
「いいのよそんなの。美味しそうに食べてくれたらそれが一番よ」
「お、おう」
風習か、それとも王家のマナーなのか。
夕食は一緒に食べるけれど、朝食は既に済ませているのか後で食べるのか一緒に食べず、カタリナは食べる俺を毎度ニコニコしながら見てくるだけで。
「そんなに見られると、なんだか恥ずかしいんだけど」
「いい加減慣れてよ。食事の形も、この生活にも」
「む、むぅ」
慣れろと言われてもやっぱり慣れないのだ。
けど、屋敷で甲斐甲斐しくシェリナに世話を焼かれるだとか、豪華な王宮暮らしよりも、ある程度わかりやすい生活と言えることも確かで。
「美人に見つめられると緊張するんだよ」
「びっ!? も、もう! 急にそういうこと言っちゃ、ダメなんだからね!」
軽い反撃に顔を真赤にしてくれるカタリナは、いうまでもなく美人だ。
それも、戦っている姿と、普段の勝ち気な様子からは想像もつかないほど家庭的な。
外堀りだけじゃなく内側にも攻め込まれてるんだよ。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」
再び手を合わせて言えば、やっぱりカタリナは笑って返事をしてくれた後、皿を持ってキッチンへ片付けに行く。
「うーむ」
この生活に対して不満はない。
仕事先である王宮へは直通の廊下というか通路があって、徒歩五分程度で着く。
近衛や騎士、メルの進めている魔法剣士隊に関しても再編成は順調に進んでいる。
そのおかげで俺とカタリナ、トリアの三人で王族親衛の任をこなすなんてことも無くなった。
むしろ、俺がカタリナとほとんど行動を一緒にすることでアルル様とメルの親衛に集中できるようになった分、結果的に負担が軽減したと言えるくらいだ。
「よっし。それじゃ先生、今日は剣の授業よね? 準備してくるわね」
「あぁ、待ってるよ」
「うん。待っててね」
足取り軽く部屋へと戻っていくカタリナを見送って。
何より俺自身が不満どころか悪くないと思い始めてる始末なんだよな。
効率的な面から考えても理に適っていると思うし、精神的な面でもそうだ。
テレシアにしてもまったくぶーたれない。
「平和だ……」
平和。
そう、平和なのだ。
授業がいい感じに進められるから迎合するべき状態だし、いい加減カタリナの言う通り慣れるべきなんだとも思う。
言い方が合っているのかわからないが。
アルル様からカタリナを下賜されたとは言え、夫婦らしいナニだなんだといったこともない。
ある意味、俺にとって都合が良すぎる状態だと言えるだろう。
「都合がいい……ってのに、据わりの悪さを感じているんだろうな」
この生活にというよりは、自分に取って都合が良すぎる状態に慣れていないから。
「お待たせ、先生。それじゃ、今日もよろしくおねがいします」
「あぁ、こちらこそ」
ともあれ、環境は変わったがやることに変わりはない。
しっかり今日も剣術指南をつけることにしよう。