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聖なる剣にも邪な剣にも

 ベルガはわたくしの希望通り、ガイを凄惨に殺した。


 そうだ、わたくしが命じたのだ、殺せと。

 だから全ての責はわたくしにあって、わたくしが殺したと同義なのだ。


 ……気持ち、悪い。


「お疲れ様でした、ご主人様」


 喉元にまでこみ上げてきたものを漏らさないように堪える中。

 呼び出されたテレシアさんは、慈しむように、女神を思わせる顔でベルガをそっと包み込む。


 なんて、美しい光景なんだろうか。


 いや、呆けている場合じゃない。

 本来……本当なら、ベルガを労わなければならないのは、わたくしなのだ。


「そんな目で見るな」


「え……」


 一歩踏み出そうとしたその瞬間、表情とはまったく真逆の声に止められる。


「貴様にその資格はない」


「そん――」


「王たる義務か? それとも女の愛か? ふん、笑わせてくれるな。理由がどちらであっても迷惑だ」


「……」


 めい、わく。


 自分の足を動かした理由は、恐らく義務だ。

 それを、迷惑だと断じられてしまったのなら、止まる他ない。


「哀れには思ってやろう、同情もくれてやる。貴様はこれからご主人様をその手に持っている限りずっと、今の気持ちを抱えて迷い続けることになるのだから」


「迷い、続ける……?」


「あるいは迷い続ける限りご主人様を手にできるとも言えるか。精々励むがいい、その身を滅ぼさない程度にはな……行くぞ、前方の安全は確保してやる。着いてこい」


 そういったテレシアさんは、ベルガの頬へと一つキスを落とした後抱きかかえ、スタスタとわたくしたちに背を向け歩いていく。


「……行きましょう、陛下。まだ終わっていません、むしろこれからこそが陛下の仕事です」


「ええ、そう、ですわね」


 迷い続ける限り、ベルガは傍にいる……ですか。


 確かにそうなのかもしれない。


「強さは余裕を与え、余裕は選択肢を生み出し、選択肢は迷いを与えて強さを試す」


「マルエドの言葉、でしたか? ボクも師匠に教えてもらいましたが」


「ええ。今、強く感じています。わたくしは、ベルガという力によって余裕を持ち、選択肢を与えられた」


 今のわたくしでは到底叶わない、叶えられないようなことが実現できるようになった。


 こんな我が身を犠牲にするような作戦もそうだ。

 彼がこの手にあるからこそ、何処かで大丈夫だなどという安心感を持ったまま行えた。


「テレシアさんの言う通り、なのでしょうね。ベルガはわたくしの剣であり、わたくしたちの師です。その師から与えられた迷いにより強くなるというのなら……迷い続ける限りベルガはわたくしたちの下を離れない」


「陛下、それは」


「……申し訳ありません、忘れて下さい。打算と弱さが過ぎました」


 身に余るモノだということはわかっている。

 本来ならこの場にすら立てていなかった自分だ、夢の続きを切り拓いてくれたのは彼なのだ。


「わたくしは、まだまだ弱い」


 彼は何度も問うてきた。

 態度で、言葉で、表情で。

 本当に良いのかと、わたくしが煩わしく思ってしまうほど何度も。


 経験して、初めて分かる。

 あれは間違いなく優しさだった、そうだ、ベルガは優しい。

 不十分だった……いいえ、わたくしがこうなるだろうってわかっていたから、何度も聞いてくれたんだ。


「朴念仁、ですねぇ……」


「ど、どうなされましたか?」


「いいえ、トリアやカタリナが言っていたことが、わたくしにもようやくわかりました」


 ちゃんと説明してくれたら。

 なんて思うのはわたくしがまだまだ未熟だということで。


「朴念仁には同感です。けど……」


「けど?」


「多分、その、師匠にとっては言うまでもないことなんだろうなって思うときがあります」


「……あぁ」


 言い得て妙、ですわね。


 あぁ、そうか、そうなのですね。


「ベルガは、遥か遠く、高みにいる」


「はい」


「きっとそれは……お前らがちょっと努力した程度で追いつけるほど弱くないから安心して追いかけてこい。なんて意味もあるのでしょうね」


「ぷっ……ちょっと似てる分、腹が立ってしまいました。申し訳ありません」


 本当のところはどうかわかりませんが、ベルガは誠実に傲慢だから。


「強く、なりたい」


 心の底から思う。悔しいから。


 ベルガはわたくし次第で、聖剣にも邪剣にもなってしまう。

 彼自身もわかってるはずだ。だというのに簡単に自分を未熟だとわかっている相手に委ねている。


 それは、どう扱われようが自分にとって大した問題にならないと思っているからで。


「ふ、ふふ……」


「へ、陛下? い、いえアルル様? その、ちょっとお顔が危ないような?」


 ならば思う存分使ってやろう、使ってやれるほど強い自分になろう。


 彼が自分から、使って下さいと言いたくなるほどに。


 そうだ、そうしよう。


「逃しませんわ……ベルガ、必ずあなたをわたくしのモノにしてやりますとも……ふふ、ふふふふふ」


「ひえっ」


 ならまず、わたくしがやるべきことは。




「我が愛する民よ、勇猛なる兵達よ。今こうして皆の顔を見ることができ、嬉しく思います」


 予想以上に上手く片付けられた司令部へと帰ってきて。


「わたくしのこと、この戦争のこと、逆賊ガイ、ノルドラのこと……そして、剣聖ベルガのこと。多くのことを話さなければなりません。ですが、まず初めにこう言いたい」



 ――皆で、強く、なりましょう。

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