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第五章 『ミーシアつかまり立ちを覚える』

 あれから早一年の月日が過ぎようとしていた。甲板では男達がミーシアを囲み、ハイハイするミーシアに手を叩いて、自分の所へ招き寄せようとそれぞれが甲板に腰を下ろし奮闘ふんとうし合っていた。

「さあミーシア、赤鼻のじいちゃんの所においで!」

 孫に話し掛けるような、甘く優しい声で赤鼻のじいさんが声を掛けると、

「なにがじいちゃんだ! この耄碌もうろくじじい! 調子こいてんじゃねえぞ! ミーシア、そんな耄碌じじいは放っておいて、ジミー兄ちゃんの所へおいでぇ~」

 負けじと歳の若いジミーもミーシアを手招いた。

「お前も調子に乗ってねえか! 歳は若いが顔はオッサンじゃねえか!」

 赤鼻のじいさんも負けじと言い返した。そんな二人を他所に、

「ちょんなバカな奴らは放って置いて、パパの所へおいでぇ~」

 片足の船長が気持ち悪い赤ちゃん語をぜて言ったが、それを聞いていた男達が一斉に「うおえぇぇぇェェ~~~っ!」と嘔吐おうとする真似をした。

 男達に手を叩かれ話し掛けられる度、ミーシアは方向を変えてその人の所へ行こうとしたが、最終的にミーシアが行き着いたのは、ニックネームの通り訛りがひどい『アクセント』の所だった。

「ミーシアうめえだかぁ~」

 アクセントはお菓子でミーシアを釣っていたのだ。

「汚ねぇ~ぞアクセント! お菓子でミーシアを釣るなんて!」

 そうだそうだと皆は口々にアクセントを罵倒ばとうしたが、明くる日になると皆が皆お菓子を隠し持っていた。船長など、大人でもかぶりつくのに一苦労な、にわとりほどもありそうな大きな骨付き肉を隠し持っていた。それでミーシアを釣ろうとしていたのだ。

「そんなのまだミーシアが食える訳ないじゃないですかぁ~」

 船長は皆に駄目出しを食らい大笑いされていた。

 そんなある日の午後、胆を冷やす出来事が起こった。男達はそれぞれ与えられた仕事をまっとうしていた。ミーシアはこんな時、勝手にハイハイして海に落ちてしまっては大変だと、腰にひもを巻かれ、半径一メートル四方だけハイハイして遊べるよう紐をたるまし、マストの根にくくり付けられていた。ミーシアは与えられたおもちゃで楽しそうに遊んでいたが、おもちゃが手から滑り落ちたとき、ミーシアの許容範囲外きょようはんいがいに落ちてしまったのだ。ミーシアは必死におもちゃを取ろうとするが、あと一歩という所で手は届かなかった。そんな所へ一羽のカモメが降り立ったのだ。

   挿絵(By みてみん)

 ミーシアはおもちゃからカモメへと一瞬興味をかれたが、やはりおもちゃの方が優先順位が高かったのだろう。また紐をピーンと張っておもちゃに手を伸ばした。

 カモメは(くちばし)を使っておもちゃをミーシアに取ってあげた。ミーシアはおもちゃを手にすると、何を思ったのかおもちゃをもう少し遠くへ投げた。カモメがまた嘴でおもちゃを取ってやったが、ミーシアはそれが気に入ったのか更に遠くへおもちゃを投げた。これが数回繰り返され、カモメがおもちゃを取るのに飽きたのか、投げられたおもちゃの所で突っ立っていると、ミーシアが「バァブ~ぅー」と一声泣いた。カモメの次にとった行動は、マストの根に括り付けてある紐を解いたのだ。


「大御婆様っ!」

 私はもしやと思い大御婆様の顔を見た。

「そうじゃよ。ミーシアが解けと命じたのじゃよ」

 ミーシアにも動物と話せる能力があったのだ。


 かせになる物が外れたミーシアは全速力でおもちゃを追った。そしておもちゃに辿り着くと、お気に入りのおもちゃ投げを始め、またおもちゃまでハイハイダッシュをしてそれを繰り返した。


 私は水面を見ているのが怖かった。ミーシアがおもちゃを投げる先には船縁が待っていたからだ。(誰かミーシアに気付いてあげて!)


 私の祈りも虚しく、男達はそれぞれの仕事を忙しなくこなしていた。

 恐れていた事が現実となった。ミーシアは船縁まで着くと次は海に向かっておもちゃを投げた。そしてミーシアは、船縁の手すりの支え棒の隙間から迷う事なくおもちゃを追った。ミーシアは海面に落下し、ポチャーン! と小さな水音を上げた。背を向け近くで仕事をしていたジミーがその音に気付いてくれた。

「オイッ、何かが海に落ちたぞッ!」

 ジミーの声に男達は真っ先にマストに目を向けた。しかしそこにミーシアは居るはずもなかった。

「ミーシアだッ! ミーシアが海に落ちたぞッ!」

 男達は大慌てで船縁へと全速力で駆け寄り、躊躇ちゅうちょする事なく一斉に海へと飛び込んだ。男達が海面に落下して行く中、海面からシャボン玉のオーブに包まれたミーシアがぷっかりと浮上し、そのまま男達とは入れ違いにふわふわとゆっくり甲板へと浮上して行った。義足で駆け付けるのが遅くなった船長までも、

「今行くぞミーシアァぁ~~~ッ!」

 と迷う事なく海に飛び込んだが、落下し始めた時、横を浮上して行くミーシアと目が合った。

「あっ!」

 と、このとき船長が間抜けな声をらした。ミーシアは笑っていた。手にはおもちゃを握っていた。男達は海面から顔を覗かすと、ふわふわと上昇して行くミーシアを、口をポカーンと開けた呆気に取られた顔をして見上げた。その横を間抜けな顔をした船長が落下して来ると、大きな水飛沫を上げて海の中に落ちて行った。


 ミーシアの首に掛けられた守りの指輪が、ミーシアを守ってくれたのだと大御婆様が教えて下さった。


 ふわふわと空中に浮くオーブはゆっくりと宙を舞い、一番最後に船縁に駆け付けた赤鼻のじいさんの腕の中にやがて納まった。

 この事件以来仕事中は、ミーシアに一人遊び相手が付く事になった。勿論この名誉ある遊び相手に一番に名乗りを上げたのは、誰あろう片足の船長である。しかし「船長だけズルい」という声があちこちで上がり、公平にクジで決め、当番制にする事になった。一番クジを当てたのは赤鼻のじいさんだった。

「すまんな船長」

 ニヤついた顔で赤鼻のじいさんが言うと、船長は大層悔たいそうくやしがった。

 二番クジを引いたのはジミーだった。

「すいませんね船長、クジ運が強くって」

 ジミーもまた船長に嫌味いやみを言った。

「すまねえだな船長」

 三番クジはアクセントだった。

 結局のところ船長は翌月に順番が回って来るほど、順番は後ろから数える方が早かった。

 遊び相手の順番は決まったものの、明くる日から数日雨が降り続いた。ミーシアはお外へ出たいと脱走を試みたが、幾人いくにんもの男達の分厚い手でその脱走を阻止されていた。

「しかしミーシアはお外が好きだなやぁ~」

 ミーシアの十回目の脱走が実行に移された時、アクセントがミーシアを拾い上げて言った。

「これほど元気な子だから、きっとおてんば娘に育つんでぇ~ねえかぁ~」

「そうだな、おてんば過ぎて嫁のもらい手がなかったりして」

 ジミーが冗談交じりに言うと、テーブルを囲む男達の手が止まった。

 バチャーン! と酒の入ったグラスをテーブルに叩き付けたのは船長だった。

「ミーシアは嫁になんか行かせねえ!」船長が眉間みけんしわを寄せた。「俺達の娘はこのまま俺達と共にずーっと船で暮らすんだ!」

 言った直後船長は口をへの字に固く結んだが、ミーシアが嫁に行った時の事を想像したのか目は涙目になっていた。このとき船長の言葉に賛成する者も多数いたが、赤鼻のじいさんのように、

「でも、もしミーシアに愛する人が現れて、ミーシアが結婚したいと言い出したらその時はどうするんだ」

 と異見いけんを唱える者もいた。

「その時は……、その時は……、いやっ、結婚などさせねえ!」

 そうは言ったものの、船長はしょんぼりとうつむいた。

「あの~、おら思うんだが、まだミーシアはハイハイしか出来ないんだから、そんな事考えるには早過ぎやしねえだかぁ~」

 アクセントの的確てきかく指摘してきに、

「それもそうだなぁ~、そうとわかれば飲みなおそうぜ!」

 とテーブルに笑顔が戻ったが、船長一人だけはまだ少し浮かない顔をしていた。


 翌日、船室の外は昨日までの天候が嘘のように晴天に恵まれた。ミーシアはお外に出られた事が嬉しくて嬉しくて仕方なかったのだろう。男達の見守る中、甲板の上を船縁から船縁へと、数日間の溜まったストレスを一気に吐き出すように、あっちへハイハイ、こっちへハイハイして回った。そんな中……、

「ミーシアこっちだよ!」

 と一番に声をかけたのは、この船一番の飲んだくれ、ジョンだった。

 ジョンのポケットの中にはいつも摘みがたくさん入っていた。胸元から携帯用のフラスコを取り出しては一口飲み、次にポケットをまさぐった。ジョンがポケットをまさぐり始めた時からミーシアは匂いを嗅ぎ付けていたのか、お菓子をもらえるとばかりにハイハイ方向をジョンへと変えた。

「おぉ~、よく来たね小さなプリンセスちゃん。今日は何が欲しいのかな?」

 足元に来たミーシアに、ちょっと待ってくれよとジョンは立ったままポケットをまさぐった。

 ミーシアは、はたして今日は何を口に入れてくれるのかと、小さなお目目をパチクリさせて上を見上げた。

「おっ、これならミーシアも食べれそうだ」

 取り出したのはビスケットだった。ジョンはビスケットを割ってミーシアの口に入れてやろうと屈みかけたが、不意に屈むのを止めた。ミーシアがビスケットを見た途端、ジョンの靴にしがみ付き始めたからだ。周りでミーシアを手招きしていた男達もそれに気付いた。

「ジョン、ビスケットを近づけてやれ!」

 赤鼻のじいさんの言葉に、男達はミーシアが二本の足で立つ事を期待した。

 ジョンが自分の膝元までビスケットを近づけると、ミーシアは靴の上を這ってズボンのすそに手をかけた。

「ミーシアがんばれ! もう少しだッ!」男達は拳を強く握り声援を送った。

 ジョンはミーシアの視線に入るように、更にビスケットを近付けてやった。

 ミーシアの手が裾から上へと伸ばされた。

「ミーシアがんばれ!」船長も鼻息荒くかなり興奮している。

「ミーシア、ミーシア、ミーシア!」

 声援はやがてミーシアコールに代わり、男達は手を叩きリズムを取った。

 小さなお手手がゆっくりと右・左と動きズボンを掴んで行った。それにともない男達の手拍子も早くなった。

「あとひと掴みだっ!」

 ミーシアが最後の手を動かした時、男達は両手を開いてミーシアに駆け寄った。

「ご褒美だ!」

 ジョンがミーシアの口にビスケットの欠片かけらを入れてやった。ミーシアは嬉しそうに口をモグモグさせた。

 嬉しさのあまり船長がミーシアを抱き上げると、

「こんなめでたい事はないっ! これを祝わずしていられるかってんだぁ~っ! そう思わねえか野郎どもっ!」

 と満面の笑みで男達に同調を求めた。

「この日を祝わなければ罰が当たってしまうってもんだ!」

 船長の横に居た赤鼻のじいさんが喜ばしげにそう言うと、男達は口々に、

「宴だぁぁぁァ~~~~っ!」

 と大喜びした。この日男達はいつもより遅くまで酒を飲み明かした。

海賊姫ミーシアとは別に、コメディータッチの自伝、

レッツ ゴー トゥ ザ NY ウィズ 岸和田㊙物語シリーズ1『武士はピンク好き 編』

も同時連載しておりますので、よければ閲覧してくださいね!

作者 山本武より!

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