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第三章 『海賊の子』

「おい、あれ何か浮いてねえか?」

 船首に立つ哨戒しょうかいに当たっていた男が、海面で波に揺られて浮かぶ樽を見つけた。

「ほんとだ。ありゃ樽だな!」もう一人の海賊兵が見入るように目を細め、それがどうしたというような口振りで言った。「矢まで刺さってらぁ~」

「中に宝物でも入ってりゃしねぇかな?」

「宝物に矢を放つバカが何処にいるっていうんだよ」

 もう一人の海賊兵は信じもしなかった。私にとっては宝物より大事な娘が入っているという事を……。

「オラちょっくら船長に知らせてくらぁ~っ」

 そう言うと哨戒に当たっていた男はもう一人の海賊兵をその場に残し、船室へと駆けて行った。

 まもなくして大きな声が聞こえた。

「碇を降ろせェ~ッ!」

 恰幅かっぷくのよい熊のように大きな男が奥から出て来ると、右足の義足をコトコト鳴らしながら船縁まで歩き、そして海面を覗き込んだ。

「おぉ~、確かに樽が浮いてやがるなぁ~」

 熊のような大男は船縁の手すりを掴んで、海面に落ちそうなほど身を乗り出し、興味津々といった顔をしている。

「船長、樽の中身は宝物かもしれねえだよ!」

「いや、矢が刺さってるって事は、きっとアレだ! 人でも入ってるんじゃねえかっ! ワッハハハァァァ~~っ!」

 大柄な船長は、さもあり得もしない事だと冗談交じりに言うと、のどの奥が見えそうなほど大きく口を開いて大きな笑い声を上げた。

「よぉ~しお前ら、ボートを降ろして引き上げて来いッ!」


 私は泉の水面から視線を外し、横に佇む大御婆様の顔を見た。

「大丈夫じゃよエレーナ」

 大御婆様は顔色一つ変えず、雨上りの太陽のようににっこりと微笑んでいる。

 大御婆様はそう言って下さったが、私は不安で仕方なかった。相手は海賊なのだから……。

 私は再び泉に目を向けた。


「船長回収しやしたよ!」

 下っ端の海賊兵が上を見上げ、甲板に立つ船長に向かって大きな声で叫ぶと、

「よぉ~し、それじゃあ早く引き上げて来い!」

 と船長も海面を見下ろし大声で叫んだ。


 いったいこの先どうなるのだろう……。よりによって海賊に救助されるとは……。不安が募る一方、今の私にはどうする事も出来ない自分に、いきどおりを感じていた。

 泉の水面ではミーシアが入った樽を囲んで、甲板に海賊達が集まっていた。


「船長、重さから言ってこりゃあ確かに何か入ってますぜ、開けてよろしいですかい?」

「もちろんだとも、早く開けちまえ!」

 その時だ。船長の言葉を遮って、

「待て待て待てぇ~ぃ! ──」

 と海賊達を掻き分け、肩に大きなバールを背負って現れたのは、トナカイのような赤い鼻をした、バンダナを海賊被りにしている小柄な年老いた海賊兵だった。

「──開けるのはワシに任せろ!」

 赤鼻の老兵は肩からバールを下ろし割って入った。そして老兵は、これはワシの獲物えものだとばかりにバールで樽のふたを叩いた。すると衝撃に驚いたミーシアが泣き声を上げた。

「今何か聞こえなかったか?」

 老兵は樽ではなく、キョロキョロと辺りを見回した。

「赤鼻のじいさん、耳まで耄碌もうろくしたのかよ!」

 若い海賊兵が、何も聞こえなかったとばかりに老兵を罵倒ばとうした。

「確かに今何か聞こえたんじゃがなぁ~?」

 赤鼻のじいさんの言葉に、甲板に集まる海賊達は、辺りに何か居るのかと目だけをキョロキョロと動かし、彫像ちょうぞうのように固まって聞き耳を立てている。その一瞬の静寂せいじゃくに、樽の中でもるミーシアの泣き声が薄っすらと甲板に響いた。

「おいっ、赤ん坊の泣き声だっ!」海賊の一人が慌てて言った。

 海賊達は、(まさかっ!)というような驚いた顔をして互いの顔を見つめ合っている。そんな中、

「おいっ赤鼻っ、何してるんだっ! 早く開けねえかっ!」

 と、船長が青ざめた顔をして焦りながら言った。

 赤鼻のじいさんは、ぜんまい仕掛けの人形がネジを巻き終えた直後のように、先程までの動きと打って変わり、曲がっている腰をしゃんと伸ばして若者のような俊敏な動きで樽のふたを開けた。ミーシアの鳴き声が甲板に響き渡った。

 赤鼻のじいさんは手に持つバールを足元に投げ捨て、けがれなき清き者を見つめるようなうっとりとした表情で、ミーシアを樽の中からそ~っと抱き上げた。

「よしよしよし、いい子でちゅねぇ~」

 赤鼻のじいさんがタコのような変顔をしながらミーシアをあやすと、泣きじゃくっていたミーシアが小さく笑った。それを見た男達が一斉に「おぉォ~~うっ!」と感動の声を上げた。男達は目を輝かせ、皆が皆、口にイチゴが丸ごとスッポリと入りそうなほど口を『オー』の字に開いている。

「ほら船長、あんたも抱いてみるといい」

 赤鼻のじいさんがミーシアをあやしながら慎重しんちょうに抱き渡すと、船長はおどおどし始めた。間違いなく船長は赤ちゃんを抱いた事がないのが見て取れた。どう扱えばいいのかよく解らなそうなその動きは、まるで大きな子供が赤ちゃんを抱きかかえているようだ。ミーシアを抱いた船長のその表情は、世界一の宝物でも見つけたようなうっとりとした顔をしている。

「船長、オラにも抱かせてくれねえだか?」

 樽を見つけた男が船長に歩み寄った。男の言葉はかなりなまっている。

「いやいや、俺が先だっ!」

 若い男も割って入った。


 水面から男達の行動を見ていた私は、ミーシアを愛らしいと思ってくれているのが分かったので、ひとまずはホッと胸を撫で下ろした。


「バカ野郎っ! 誰がお前達に抱かすと言った。まだ俺様は抱き足らねぇ~んだよ!」

 ミーシアを隠すように船長は男達に背を向けると、


 それを水面から見ていた私はクスッと笑ってしまった。この人達ならミーシアを預けても安心だ。少なからずともこの時そう思った。


「それにしてもさすが船長だなゃぁ~」

 先程の訛りある男が思い出すように言った。

「何でだ?」

 樽を見つけた片割れの男がそれに返した。

「オラが樽の中身は宝物かもしれねえだよ! って言った時、船長は人でも入ってるんじゃねえかっ! と言ってたからさ」

「おめえ、ほんとバカだな」

「なんでだ?」

「そんなの船長が解って言ったわけねえだろぉ~、あら冗談で言ったんだ」

「そうなのか?」

「当たりめえだろぉ~! そんな事はどうでもいいから俺達も列に並ぼうぜ」

「そうだな、そうするべ」

 甲板の上ではミーシアを抱く順番を争い、男達が長い列を作っている。その先頭で船長が独占してミーシアを抱いているのに対して、男達は不満の声を上げ、しぶしぶ船長が次の順番待ちをしている船員に、

「落とすんじゃねえぞ」

 と、両手を添えて大切にミーシアを手渡すと、三番目に控えている船員が、

「早くしろよ、後がつかえてんだから!」

 と二番手の船員からミーシアを奪い取った。

 三番手の船員はさも嬉しそうな顔をしてミーシアをあやしていたが、次に控えている船員に、

「お前ちょっと長くねえか!」

 と注意され、後に控えている船員達も、

「そうだそうだ!」

 と加勢したものの、順番が変わるたび不満の声が上がるので、皆で協議した結果、ミーシアを抱くのは一人一分という事で話は丸く収まった。最後まで順番が行き渡ると、また船長が俺の番だと嬉しそうにミーシアを取り上げた。


 こんなにもミーシアを可愛がってくれている姿を見ていると、私は嬉しさのあまり自然と涙が溢れた。私がミーシアを抱いてやれない分、こんなにもたくさんの人達にミーシアは抱いてもらえて本当に嬉しかった。そんな気持ちでいる私の背中に、大御婆様が優しくそっと手を当てて下さった。


 ミーシアを初めて抱いた時の船長は、自分が赤ちゃんを抱いたら壊れでもしないかとぎこちなくミーシアを抱いていたが、二回目の順番が回って来た時には少しあやし方を覚えたらしく、ミーシアを高い高いする度、ミーシアは小さな笑い声を何度も上げた。そんなミーシアが高い高いに大層感激したのか、嬉しさのあまり船長の顔に笑いながらオシッコを漏らしてしまった。

「あっ、こりゃ~大変だ!」

 船長はお日様のようににっこりと微笑み、嬉しそうに言った。

 それを見ていた船員達は、腹を抱えて大笑いしていた。

「誰かオムツ持って来い!」

 船長が即座に言ったが、

「船長、俺達ゃ~海賊ですぜ! そんな物この船にある訳ないじゃないですかぁ~!」

 と、船員に言われ、

「そりゃそうだ!」

 と船長がうっかりした顔で言ったので、また男達は大笑いし合った。


 海賊であるとはいえこの笑顔溢れる男達に、私は少なからずとも遠縁のような親近感を抱いた。


 そうこうしていると赤鼻のじいさんが、オムツの代わりになればと綿素材の布を捜して来てくれた。

「あっ、それ俺のタオルッ!」

「難いこと言うなよ!」

「そうだそうだ!」

 みんなに大ブーイングされたタオルの持ち主は、しぶしぶタオルをミーシアに提供してくれた。


 この人達を見ていると私まで笑顔になってくる。今の私は笑顔になるたび嬉しさの涙が止まらなかった。


「こらぁ~きっと神様が、子供のいない男やもめの俺達に、みんなで育てろと授けて下さったんだなぁ~」

 船長がしみじみ言うと、それを聞いていた船員達は納得するように無言で何度も頷いた。

「この子の名前を決めねえといけねぇなぁ~」

 船長がミーシアを頭上に掲げて言った。

「強そうな名前がいいんじゃないですか!」

「強そうたってどんな名だ?」

「ゴンザレスとか……」

「バカ野郎ッ、この子は女の子だッ!」

「それじゃ~、ロッテンマイヤーとか」

「そんなガチガチの中年教育ババアみたいな名はダメだッ!」船長は即座に却下した。

「それじゃあこんなのはどうです」と一船員。

「なんだ、言ってみろ」

「マリエッタ!」一船員は自信ありげに言った。

「おいっ、誰かこいつを海に放り出せ!」

 何がいけなかったのかと一船員。透かさず隣にいた赤鼻のじいさんが、

「それは昔船長が付き合っていた、鬼のような強欲ババアの名だ!」

 と小さな声で一船員に教えてやった。

 なるほどと一船員。

「さあこの子に似合う名は何だろうか……」

 船長が掲げたミーシアの顔を覗き込むように見ていると、その時ミーシアがマシュマロのような小さな拳を開いた。握られていた守りの指輪が、ネックレスに通されたままぶらぶらと振り子のようにミーシアの腕にぶら下がった。

「なんだこれは……?」

 船長はミーシアを左腕に抱き直し、ぶら下がる指輪を右手に取ってまじまじと確認し始めた。

「ん? 何か書いてあるぞ……」

 指輪の内側には、刻印と大御婆様の名前が彫られてあった。

「(Mishia)ミー・シ・ア、そうかこいつはミーシアと言うのか! いい名だ!」

 船長は納得いくように一人呟いた。


 私はこの時ほど、大御婆様の名を頂いてよかったと思った事はない。


「おいっ、お前達っ! この子の名が決まったぞッ!」

 すべての男達にミーシアの姿が見えるように、船長は大空に向けて高くミーシアを掲げた。燦々《さんさん》と降り注ぐ太陽の日差しがミーシアの背を照らし、後光が差すようにミーシアを輝かせている。男達は顔を上げ期待に満ちた瞳をミーシアに向けた。

「俺たち海賊の娘……」

 そして男達は船長の次の言葉を待った。

「ミーシアだッ!」

 船長の言葉を機に男達は一斉に称賛の声を上げ、我が子の名を祝うように喜び合った。

 昨日までの荒れた空模様が嘘のように晴天に恵まれた、そんな青空が海上に広がっていた。

    挿絵(By みてみん)

海賊姫ミーシアとは別に、コメディータッチの自伝、

レッツ ゴー トゥ ザ NY ウィズ 岸和田㊙物語シリーズ1『武士はピンク好き 編』

も同時連載しておりますので、よければ閲覧してくださいね!

作者 山本武より!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しい船長に抱き抱えて貰ってるミーシャが、可愛くて愛らしいです。 みんなの愛に包まれて、本当に良かったなと思います。 これから、どんなふうに育っていくのか、楽しみです。 [一言] 毎回楽し…
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