第十二話:召喚できない理由
「ちょっと説明が下手かもしれないから、わからないことは聞いてね」
「は、はい」
「アイリスさんが召喚獣を召喚できない理由は、アイリスさんの想像の精度が高すぎるからだと思う」
「想像の、精度って……どういう事ですか?」
突然の言葉に少し困惑する彼女を他所に、俺はそのまま話を続ける。
「うん。召喚術って、実はあまり物事をリアルに想像しちゃうと、それだけ召喚しにくくなるんだよ」
「え? ど、どういう事ですか?」
「実は召喚術で候補になる召喚獣は、同じ種類でも沢山いるんだ。例えば宝石獣ひとつとっても、細身だとか太ってたりとか、色が違かったりって感じでそれぞれ個性がある。でも、それらは全部、種類としては宝石獣なんだよ」
「つまり、人間や霊魔族がみんな違うのと、同じって事ですよね?」
「うん。そして召喚術っていうのは、そんな多くの種類の中から、一匹を召喚しようとする術なんだ」
「あ、はい。それは、授業で習ったので、何となくわかるんですけど……」
ここまで話してみたけれど、まだアイリスさんはピンときていないみたいだな。
うーん、どうやって説明してみるか……そうだ。
「あの、その画材って借りてもいいかな?」
「あ、はい。いいですけど」
「あと、新しいページを使っても大丈夫?」
「は、はい。どうぞ」
「ありがとう」
彼女はペラリとノートのページを捲ると、魔筆をその上に置き、すっと俺の前に渡してくれる。
さて。絵心はあまりないけど、説明するだけなら得意のあれでもいけるはず……。
魔筆を手に取り、俺がノートの上側に描き始めたのは、三種類の縮小した魔方陣だ。
本来、魔方陣は自力で描くこともできるんだけど、ほとんどの魔法は詠唱することで対応する魔方陣が浮かび上がるから、あまり意識して自分の力で描くことはないし、しっかり覚える必要もあまりない。
だけど、例えば詠唱無しで魔法を使う為に、魔方陣を描くことで代替えできる特定の魔法もあるし。
両親の研究していた複合魔方陣も、魔法の詠唱と魔方陣を描くのを同時に行わないといけなかったりもして、まったく描けないと面倒なケースもあるんだ。
ちなみに自分がこうやって魔方陣を手書きで模写できる理由は……デザインが格好良くって、真似て書くようになっただけ。
小学校の頃なんかは、こういう魔方陣みたいなデザインを描けるだけで人気者になれたから、結構重宝したっけ。
あと、こうやって魔方陣を描いたけど、これは魔力のこもっていない、ただのデザイン画みたいなもの。だから、流石に効果を発揮する事もない。
「うわぁ……凄く細かい……」
ノートに向かっていると、アイリスさんが感嘆の声をあげる。
昔もよくクラスメイトに、こんな感想をもらったけなぁ……なんて懐かしくなりながら、俺はささっとそれらの魔方陣を描きあげた。
「こんなもんかな」
「リュ、リュウトさん凄いです! こんな精密な魔方陣を手描きできるなんて!」
「そ、それほどでも」
興奮気味に話すアイリスさん。彼女の褒め言葉に少し気恥ずかしくなったけど、その感情は内に留めて話を続ける。
「ちなみに、どれがどの魔方陣かわかる?」
「左側のは多分、召喚術の魔方陣ですよね?」
「うん。後の二つは?」
「い、いえ。わからないです」
「そっか。真ん中が魔力増幅で、右が継続治癒の魔方陣なんだ」
「へー……。あまり見比べたことはなかったですけど。こうやって見ると、細かな模様が結構違うんですね」
まじまじと魔方陣を見比べながら、アイリスさんがそんな感想を漏らす。
「そ、それで。この魔方陣が、私が召喚獣を呼び出せない事と、何か関係するんですか?」
「えっと。直接関係はしないんだけど、説明するなら絵にしたほうがわかりやすいと思ったんだ。見てて」
彼女の不思議そうな顔から一度目を逸らし、俺は同じページの下段に、みっつの魔方陣の外周と同じ大きさの丸をひとつ描く。
「召喚術で呼び出せる同種族の召喚獣が上の魔方陣で、下の丸はアイリスさんが思い浮かべた召喚獣だと思って見てほしいんだけど。今描いた丸は、上のみっつのどれにも当てはまるよね?」
「は、はい」
「だから、まだどの魔方陣が召喚されるかは特定できないんだ。次に……」
次に、同じくどの魔方陣にもある円の中心と外周の間にある一回り小さ円を描く。
「ここまで想像した場合。これも上のみっつと差がないから、さっきと同じ結果になる。だけど……」
更に俺は、下の魔方陣に一部の文字を書き足す。
これは召喚術の魔方陣にしかない文字だ。
「ここまで描くと、一致する魔方陣はこれしかない。だからこの魔方陣が呼び出される。こうやって、候補を絞って召喚対象を決定するのが、召喚術の基本なんだ」
「えっと、つまり……より詳細に、いるであろう召喚獣を想像すれば、その子を狙って呼び出せる……って事ですよね?」
「うん。ちなみに召喚術で、一度召喚した物は新たに召喚できるっていう特性があるんだけど。これは『その召喚獣がいる』って記憶できるから、想像しやすいっていうのが正しいんだ。この辺って、先生に習った?」
「い、いえ。一度召喚すれば、その後は何時でも召喚できるとは言ってましたけど、そこまでは……」
「そっか」
俺の説明に真剣に耳を傾けながら、アイリスさんはこっちの質問に素直に答えてくれる。
こういうのって専門知識だからこそ、専攻する生徒にしっかりと教えてるのかと思ったけど、そうでもないのか。ちょっと意外だな。
何故教えてないのかは、後でエリスさんにでも聞いてみよう。
「で、ここからが本題なんだけど。アイリスさんはまだ呼び出した事のない召喚獣を、より具体的に想像しすぎなんだ」
「え? で、でも、先生がそうしろって……」
「うん。先生の言う事は間違ってないんだけど。多分先生は、アイリスさんの記憶力の良さと想像力の豊かさまでは、理解してなかったんだと思う」
「私の、記憶力と、想像力……」
「うん。またノートを見てほしいんだけど」
俺はノート下段に描いた魔方陣に、僅かに隙間を空け、もう一回り大きな円を加える。
「例えば、ここまで想像しちゃうと、上のみっつの魔方陣から外れてしまって、召喚できる対象がいなくなってしまうんだ。さっきのカバちゃんもそう。カバちゃんは、アイリスさんの理想の宝石獣。だけど、アイリスさんの想像力が豊かだから、あそこまではっきり絵にできるくらい、しっかり想像できちゃうんだ。その結果、該当する宝石獣がいなくって、結果として召喚できてないんだと思う」
「それって、つまり……カバちゃんはいない……って事、ですよね……」
俺の説明を聞いて、アイリスさんが少ししゅんとする。
あ……確かに。非情ではあるけど、そういう事になっちゃうよな……。
「う、うん。でも、想像してた物と違う宝石獣が召喚されたとしても、その愛らしさを肌で感じたら、それがアイリスさんにとっての本物のカバちゃんになると思うんだ。それくらい、宝石獣って可愛いから」
必死にそんな言葉を絞り出してみたけど、納得してもらえるだろうか?
不安になりながら、アイリスさんを見ると……。
「……そ、そうですよね。初めて召喚獣を呼べたら、きっと愛着も違いますもんね」
と、気を取り直したのか。少し笑ってくれた。
「つ、つまり私はもう少し、曖昧な想像した方がいいって事ですよね?」
「うん。そんな感じ。一気に詳細をイメージをしないで、少しずつ想像する所を増やしていったら、きっと召喚できると思うよ」
「ほ、本当ですか?」
「あくまで予想だから、外れてたらごめんだけど。ダメ元で試してみてもらえたら──」
「い、いえ! リュウトさんが教えてくれた事ですし、間違いありません!」
ちょっと自信なさげな回答をした俺に、突如両手を胸の前でぎゅっと握り、やる気を出すアイリスさん。
俺が教えたから間違いないかは、ちょっと怪しいけど、頑張ろうって思えたならよしかな。
「寮で召喚術は禁止されてるので、今度の授業で試してみますね!」
「うん。そうしてみて」
へー。寮でも初級の術なら許可されているかと思ったけど、召喚術はNGなのか。
まあ、召喚術って地味に術者の感情とかに影響されやすいし、未熟な生徒が召喚した召喚獣が下手に暴れるとかあっても困るからだろう。
でも、これで少しはアイリスさんの悩みに応えられてるといいな。
勿論うまくいくかは別。だけど、せめて召喚術が成功するきっかけを掴んでくれたら──。
「でも、リュウトさんって、本当に凄いですよね。本当に勇者様じゃないんですか?」
「……え?」
思考を吹き飛ばす一言に、俺はギクッとしながら目を輝かせているアイリスさんを見る。
い、いや。あくまで俺は勇者と賢者の息子であって、自分が勇者ってわけじゃないんだけど。何でこんな感想を持ったんだ?
「さ、流石にそれはないけど。なんでそう思ったの?」
「だ、だって、召喚術に詳しいだけじゃなく、他の魔法の魔方陣もさらさらっと描いてるじゃないですか。来界者って、全員が全員そういう魔法の知識があるわけじゃないですよね?」
……あ!? しまった!
俺はここにきて、やっと自身のやらかしに気づいたんだ。




