第十一話:成功しない召喚術
「そういえば、アイリスさんって召喚術科を専攻してるって言ってたよね?」
以前、部屋で顔合わせをした時に、確か彼女はそんな事を言っていた。
こうやって女子寮にいるくせに、俺はみんなの通学先であるミレニアード魔導学園について、ほとんど何も知らない。
だから、敢えてそういう切り口で話をしたつもりだったんだけど。
「あ、は、はい。そう、なんですけど……」
俺の問いかけに、アイリスさんがどこか憂鬱そうな顔をする。
あれ? 俺、何か聞いちゃいけないことを聞いたか?
「あ、ごめん。話したくない事だった?」
「い、いえ! ただ、その……わ、私、これまで一度も、召喚を成功した事がなくって……」
「え? 一度も?」
「は、はい」
「初級の召喚術も?」
「は、はい……」
同じ返事ながら、どんどんトーンが低くなっていくのはきっと、落ち込んでる証拠。
でも、初級の召喚獣すら全然召喚できないなんて。原因は何なんだ?
俺は何となく、それが気になってしまった。
召喚術。
それは、頭で思い浮かべた召喚獣を彼等が住む世界から呼び出す、ちょっと特殊な術だ。
級が上がるほど魔力がいったり、相手の召喚獣との意思疎通が必要で、召喚の難易度が一気に上がるってのはあるんだけど。初級であれば比較的簡単だと思う。
例えば犬系の召喚獣を呼びたければ、それを頭に思い浮かべ、ポータルをその世界と繋げられれば、案外簡単に呼べたりするんだ。
実際俺も、遊びで宝石獣を呼び出した事があるくらいだし。
「ちなみに、どの辺で躓いてるの? ポータルの繋ぎ方? それともその先?」
「え? た、多分、ポータルは繋げられてるって、先生は言ってたんですけど……」
俺がそう尋ねると、アイリスさんは戸惑いながら、そう答えてくれる。
ポータルは繋がっているのか。だとすると想像する部分で躓いてるのか。
でも、彼女の話からすれば、色々覚えるのは得意そうだし、絵が好きってことは想像も問題ないような……いや。待てよ。確か、母さんはああ言ってたよな?
顎に手を当て少し考えていた俺の頭に、ある閃きが浮かぶ。
それは、現代世界にいた頃、母さんから聞いた召喚術のコツ。
もしかして、彼女だからこそ失敗している可能性もあるのか。
「あ、あの……」
「アイリスさん!」
「は、はひっ!」
思わず立ち上がり、テーブルに手をついて前のめりになった俺に、変な声を出しびくっとする彼女。
だけど、これでアイリスさんの悩みが解決できるかも知れないんだ。ここはちゃんと話をしておかないと。
「アイリスさんって、召喚獣を想像する時、どんな風に思い浮かべてる?」
「え? え?」
「例えば、宝石獣を呼び出そうと思ったら、どんな感じに頭に考えてるのかな?」
「は、はい。あの、先生から『できる限りしっかり想像するように』って教えてもらったので、そうしてますけど……」
……あれ? それって母さんが言っていた事とちょっと違うな。
同じ世界のはずだけど、時代が進んで召喚方法や技術が変わったとかがあるんだろうか?
まあいいや。まずは話を進めよう。
「例えば、召喚しようとした宝石獣って、絵に書き起こせる?」
「は、はい。できます、けど……」
何が起こってるのかわからないアイリスさんは、おどおどしながらも俺の質問に素直に答えてくれる。
ただ、ちょっと自信なさげだな……あ。そうか。
「もしかして、絵を見られるのは嫌? だったら、無理強いはしないんだけど」
俺がそう気遣うと、ちらちらこっちを見ては視線を落とすのを繰り返し、「ううう……」と呻き声をあげるアイリスさん。
ただ、何度か俺の顔を見た後、はぁっとため息を漏らすと、彼女はこっちに顔を上げた。
「あ、あの。ひとつだけ、約束してくれませんか?」
「うん。何?」
「え、えっと……その。絵が下手でも……笑わないで、くれますか?」
そう言ったアイリスさんが、少し心配そうな表情をしてる。
でも、確かに自分が好きで描いている絵を貶されたりしたら、自分だって嫌な気持ちになるだろうな。
「わかった。まあ、エスティナも褒めてたくらいだし、大丈夫だと思うけど。絶対に酷い事は言わないよ」
俺が真剣な顔で頷くと、彼女はごくりと唾を飲み込んだ後に、小さく頷く。
「わ、わかりました。じゃあ、準備するので。ちょっと待ってて下さい」
そう言い残し席を立ったアイリスさんが、机の上にある画材の一部を手にして戻って来た。
そういや、この世界の画材ってどんな感じなんだろう?
興味をそそられながら、席に戻った彼女がテーブルに置いた物達を見る。
用意されたのは紙を束ねたノートと、細い鉛筆のような木片が二本。ただ、その芯の部分はうっすらと光っている。
これも魔道具の一種なんだろうか?
書き心地とか線がどう書かれるのか、ちょっと楽しみだ。
「これで絵を描くんだ?」
「は、はい。これは魔筆っていう魔道具です。インクいらずだし、もう一方の消筆で消せたりもするんで、絵を描くのに便利なんです。あ、あの。リュウトさんは、こういう筆記具を見るのって、初めてですか?」
「うん。この世界に来てからまだ、文字を書く機会もなかったから」
「そ、そうですか。説明とか、したほうがいいですか?」
俺が画材に興味を持ったことで、ちょっと目を輝かせたアイリスさん。
話に乗ってあげてもいいんだけど、それで本題から逸れると面倒かも。
「色々気にはなるけど、そっちは後で話を聞かせてもらうとして。まずは絵の方をお願いできる?」
「は、はい。ちなみに、ちゃんと描くと一日じゃ終わらないので、ラフでもいいですか?」
「うん。それでいいよ」
「わ、わかりました」
眼鏡を直し、緊張した顔で頷いた彼女は、そのままノートに目を向けると、さっきの木片の一本を手にし、絵を描き始めた。
沈黙が続く中。鉛筆で絵を描くかのような、シャッシャッという独特の心地よい音が続いて数分。
予想以上に早く描かれていく宝石獣の絵を見て、俺が思った事はただひとつ。
……アイリスさん。絵がうますぎだろ……。
ちゃんと宝石獣だってわかる獣の姿。顔立ちから宝石らしい肌の質感。そして動きのある姿まで、これ普通に一枚の絵として通用するだろって。
本当にたった数分なのに、これでラフ!?
これで清書までしたら、一体どれだけの絵ができあがるんだ!?
期待感を持ちながら見守っていると、すらすらと描きあげられていく絵は、よりリアルでしっかりと宝石獣を形取り。
「……あ、あの。こんな感じです」
アイリスさんが一息吐き終わりを宣言した頃には、それはもう立派でリアルな宝石獣が描かれていた。
こっちの世界だったら、これだけで十分イラストとして通用する。そうはっきりと感じる精密さ。
描かれた宝石獣は、今にも動き出しそうじゃないか……。
言葉を失ったまま、その絵に目を奪われていると。
「あ、あの……どうで、しょうか?」
なんて、アイリスさんが自信なさげに言ってきた。
っていうか、どうもなにも。
「はっきり言うけど。凄く上手だと思うよ」
「ほ、本当ですか!?」
「うん」
彼女が不安にならないよう、俺は本音を語りながら微笑んであげる。
いや、だって。これはもう尊敬に値するって。俺がこれだけの才能を持ってたら、間違いなくイラストレーターを目指してたくらい。
「ちなみにこの宝石獣って、実在するの?」
「あ、いえ。私の理想を絵にしてみました。カバちゃんって言うんですけど……」
「カバちゃん」
「は、はい」
カバちゃん……自分達の世界だと、動物のカバが最初に浮かんじゃうけど、そういやこの世界ってカバっているんだろうか? いや、いたらこの名前にしないか?
一瞬そんな疑問に気持ちが引っ張られそうになるけど、今の彼女との会話で原因がわかったんだ。まずはそっちについて優先しないとな。
「アイリスさんは召喚術の授業で、このカバちゃんを召喚したいって思って、頭に思い描いたんだよね?」
「は、はい。そうですけど……」
「という事は、多分それが原因だと思うんだ」
「えっ!?」
目を丸くし、驚きを見せたアイリスさんに、俺は原因について説明を始めることにした。




