第十話:アイリスの才能
部屋に入った俺達は、いきなり部屋にあるテーブルに案内されて、そこで紅茶をごちそうになることになった。
部屋の備え付けのキッチンでわたわたと準備をするアイリスさん。
大丈夫だろうか? なんて不安になったけど、あまり彼女をガン見してても悪いよな。
そう思って、俺は少し部屋の中を見回す事にした。
部屋は物も整理されていて、カーペットにゴミなんかもなくて凄く綺麗。
でも、エスティナの部屋ってどっちかっていうと、落ち着いた女の子の部屋って感じがあったけど。アイリスさんの部屋は、やっぱり絵が好きっていう空気感がある。
机の上に載った画材っぽい物。
本棚に本と一緒に収まっている、何かを描いたであろう紙の束やキャンパスボード。
美術部とかに入ってたわけじゃないけど。ああいう物があると、やっぱり絵描きって雰囲気が出るんだよな。
ただ、絵のモデルになってほしいって言う割に、絵を描くためのキャンパスやスタンド、画材やモデル用の椅子なんかが全然準備されてないのは、少し気になるけど。
「お、お待たせしました」
何気なく部屋を観察していると、ちょっと危なっかしい手つきで、アイリスさんが慎重に紅茶のセットとミルクを載せたトレイを運んできた。
何となく、足でスカートの裾を踏んで転ぶんじゃないかとヒヤヒヤしたけれど、彼女の頑張りで無事にテーブルまで到着し、俺は紅茶を淹れてもらえ、ミャウもミルクに無事ありつけた。
ずっと見ているこっちの緊張感は、かなりのものだったけどね。
「わざわざ、ありがとうございます」
「い、いえ。こ、こちらこそ、急なお願いだったのに、その……。本当に、ありがとうございます」
「いいですよ。こっちがOKしたんですから」
「は、はい……」
俺の向かいに座ったアイリスさんは、どこか恥ずかしそうな顔でもじもじしながら、ぎこちなく紅茶を口にし始めた。
うーん……。
もう少しリラックスしてくれてもいいんだけど。こればかりは本人の性格なんだろうし、仕方ないか。
であれば、早めに本題に移ってあげたほうがいいかな。
彼女が紅茶を飲み、一息吐いたのを確認してから、本題について話し始めた。
「あの。それで、今日のモデルの件なんですけど」
「は、はいっ!」
「あ、えっと。この後どうすればいいですか?」
「あああ、そ、その。えっと、ここで、普段通りにしてくれてれば、大丈夫、です」
「え? 普段通り?」
どういう事だ?
思わず首を傾げた俺に、彼女はおずおずと語り始めた。
「は、はい。あの……私、その人の事をちゃんと見てると、大体覚えられるんです」
「えっと、それってその、魔法か何か?」
「い、いえ。何て言えばいいか、わからないんですけど……。その、何となく、そういうのができちゃう、みたいな感じで……」
アイリスさんは相変わらず俯きながら、ちらちらっとこっちを様子を伺いつつ、少し困った顔をする。
本人もちゃんとその才能を理解できてないみたいだけど。話を聞く限りだと、瞬間記憶能力みたいなものだろうか?
「えっと、だとしたら、これまで何度かお会いした中で、俺のことも記憶してるんじゃ?」
瞬間記憶能力だとしたらと仮定すると、一瞬で相手を覚えられるはず。であればモデルなんていらなそうなんだよ。
素朴な疑問に対し、彼女は俯いたまま、歯切れ悪く話し始めた。
「そ、それは、そういう部分も、あります……」
「だったら、モデルとか不要じゃ──」
「そ、その。あの。ひ、ひ、必要なんです」
「えっと、理由を聞いても良い?」
「だ、だって……その……男の人なんて、じっと見つめたりなんて、できないですし……」
困り果てたような顔には、モデルを断られたらどうしようって悲愴感が浮かんでる。そんな顔をしなくても、理由があれば断らないんだけどなぁ。
でも、じっと見てないといけないってなると、瞬間記憶って程でもないのか。
おどおどしてて恥ずかしがりなアイリスさんじゃ、確かに男子をずっと見続けるなんてできなかったのかも。
……ん? ってことはだぞ?
「でも、この間の俺の戦いの事は、よく覚えてたよね?」
昨日の朝、あの戦いについて熱弁された時、俺のことを異様に覚えてたと思うけど……。
続けざまの俺の質問に、彼女が眼鏡の下の顔を赤くする。
「は、はい。あ、あの。勇者みたいに颯爽と戦いに参加したリュウトさんが、す、凄く格好良かったのと、こ、この先どうなっちゃうのかってすごく不安もあって、あの、見ては、いました……」
……勇者みたい。格好良い、か……。
そう言われるのは悪い気はしないけど、言われ慣れない言葉だし、少しこそばゆいな。
「だとしたら──」
「で、でも! 三階から見ていたので、顔だってちょこちょこっとしか見えなかったですし! 普段のお顔だって全然見られてないし……だから、その、あの……」
一度は声を強くしたアイリスさん。
だけど、すぐまたもじもじとしてしまう辺り、やっぱり自信がないんだろうなぁ。
「や、やっぱり、嫌、でしたか?」
おずおずと、上目遣いで様子を伺うアイリスさん。
ちょっと色々ツッコミすぎちゃって、変に不安にさせちゃったか。
「あ、心配させちゃってごめん。単純に疑問に思っただけだから。元々アイリスさんのために時間を空けてるし、全然構わないよ」
「ほ、本当ですか?」
笑顔を心がけそう言ってあげると、森霊族独特の耳をピンッと立てて、彼女が目を見開き嬉しそうな顔をする。
やっぱり彼女も、エスティナとかミネットさんと同じで、可愛らしさがあるな。
だからこそ、こっちだって少し緊張してるんだけど。
「うん。ただ、俺もあんまり女の子と話し慣れてるわけじゃないから。一緒にいて、つまらなく感じさせちゃったらごめん」
「だ、大丈夫です! リュ、リュウトさんと一緒にいられるだけで、十分ですから!」
急に両手をぎゅっと握り、気合を入れるアイリスさん。
着ている格好に対し、あまりに似合わないポーズ。そのギャップに少し微笑ましくなったけど、俺はふとこの先の事が気になってしまう。
いや。モデルになるって言われてたから、椅子に座ってじっとしてれないいのかなって楽観してたんだよね。
そうじゃないって事は、ここから頑張って話を繋がないといけないんだよな?
エスティナみたいに気心も知れていて、過去の接点もあれば話しやすいんだけど。そうじゃない彼女と、どうやって話していこうか。
絵が好きはわかるけど、彼女の絵を見せてもらって良いんだろうか?
漫画の話題もできなくはないけど、何かこれは切り札に取っておいたほうがいいかもって思う。
ただ、アイリスさんから話題を振ってくれるのは、期待できなさそうな気もするんだよなぁ……。
さて、どうしたもんかなぁ……。
内心少し困っていると、ふと以前彼女が話してくれた、ある一言を思い出す。
この話題だったら触れても良さそうか?
何となくそう思いつつ、俺は彼女にその事を聞いてみることにした。




