第九話:普段と違うアイリス
あれから少しエスティナ達と話した後、約束の時間まで少し休みたいって話を伝えたら、二人は納得して俺の部屋を後にした。
流石にミャウも目を覚まして一緒に見送りをしたんだけど、
「ミャ、ミャウ様。どうかお別れの前に一度、そのお身体に触れさせてはいただけませんか?」
というカサンドラさんの願いに、露骨に「仕方ないなぁ」と言わんばかりの顔で承諾し、身体を撫でさせてあげるミャウが印象的だった。
多分さっき俺がミャウについて、「こいつが意地悪する奴じゃない」って言ったのを、寝た振りをしながら聞いてたんだろうけど。ほんと、うちの愛猫は優しいんだから。
一方のエスティナは、普段通りに別れるのかと思ったら、
「あのね。アイリスの用事が終わったら、私の部屋にも来てくれる?」
なんてお願いをされた。
流石に好きな人の願いを断る理由なんてなかったし、カサンドラさんもいる中で理由を聞くのもどうかと思って、素直に分かったって答えておいたけど。
何か話でもあるんだろうか?
もしかして、好きな人の恋愛相談とかじゃないよな?
一応男の気持ちならわからなくないけど、流石にそういう相談はちょっとしんどい。とはいえ、彼女が幸せになるため協力するって決めたんだし、断ったりはしないけど……。
「はぁ……」
部屋でミャウと寛ぎながら、そんな事を考えため息を漏らした俺は、暫くの間エスティナが誰かが付き合う妄想に取り憑かれて、悶々とした時を過ごす羽目になったんだ。
§ § § § §
気づけば途中で眠気に負けて、うとうとしてしまい、はっと気づいた時にはお昼過ぎ。丁度アイリスさんと会う時間か。
「ミャーウ」
「ああ。おはよう、っていうのも変だな」
「ミャウミャウ」
確かに、と言わんばかりに、背にもたれ掛かっている俺に顔を向け、にんまりするミャウに苦笑しながら、俺はベッドから起き上がると大きく伸びをする。
さて。じゃあアイリスさんの部屋に……って、あれ?
気合を入れ直した直後、俺はふと大事なことを思い出す。
いや。俺、アイリスさんの部屋知らないじゃないか。
風呂掃除の時も完全に意表を突かれた状況だったし、すっかり聞き忘れてた。
さっきエスティナ達に聞いておけばよかった……。
今頃思い出しても後の祭り。
まあ部屋が多いとはいえ、女子寮のどこかの部屋にいるはず。
確かエスティナの部屋も、ミネットさんの部屋も三階だったよな。二人と同学年だとすれば、そこからいる人に声をかけて聞いてみれば、どうにかなるだろ。
あまりに無計画な自分に呆れつつ、俺はミャウを連れて廊下に出ると、そのまま三階を目指し歩き始めた。
§ § § § §
休みとはいえ、外出している生徒も多いのか。あまり女子生徒は多くない。
ただ、平日はみんな制服姿だったけど、流石は休日。みんなそれぞれ好きな私服で過ごしているから、華やかさがまた違う。
っていうか、あんまりこういう見方はいけないけど、こうやって改めて見ると、この学校の女子生徒って可愛い子が多い。
まあ個人的には、やっぱりエスティナが一番可愛いと思ってるけど。
ちなみに、少ない生徒とはいえ、みんなやっぱりミャウがいるのは興味を引くみたいで、声を掛けられてはあいつが撫でられる状況が続いた。
でも、おかげで三階に着いた後、アイリスさんの部屋の場所を聞くのには困らなかった。
で。今俺は、アイリスさんの部屋の前に立っている。
すぐに部屋をノックしても良かったんだけど、ここまで案内してくれた子と話した会話内容がちょっと気になってしまい、すぐに動けなかった。
──「あー。どうりでアイリスがおめかししてたのか。納得」
──「おめかし、ですか?」
──「うん。普段あの子って、寮にいたって体操着姿でずっと過ごしてるし、外行く時だって地味な服しか着ないんだよねー。それなのに、今日はちゃんと着飾ってたもん」
俺と会うからおめかし?
いや、それはないと思う。多分、この間の挨拶の時にエリスさんが苦言を呈していた通り、俺が寮に住むことになったから、少しはしゃんとしようと思っただけだろ。
普段を知らないけど、カサンドラさんやエスティナだって、ちゃんとした格好をしてたし。
とはいえ、どんな服装で来るかわからないし、ミャウがいるとはいえ二人っきりで会うんだもんな。緊張しないようにしないと。
大きく深呼吸をした俺は、気合を入れ直し、ドアをノックした。
「は、はい」
少しして、部屋の中から聞こえた緊張した声に、俺も釣られて少し緊張する。
「あ、あの。龍斗だけど」
「は、はひっ」
……アイリスさん。今、声が上ずったな。
思わずミャウと顔を見合わせると、カチャッという音の後にゆっくりと部屋の扉が開き、制服姿とは違うアイリスさんが姿を見せた。
確かに、普段より随分と着飾っているな……。
それが、彼女を見た俺の感想だった。
フリルが多めのピンク色のブラウスに、同じくふわりとした長めのスカート。
可愛らしさを全面に押し出したような格好は、普段感じる自信なさげなアイリスさんらしからぬファッションだと思う。
……まあ、眼鏡をした顔は相変わらず自信なさげで、おどおどとしちゃってるんだけど。
ただ、可愛いし似合ってるのは間違いない。
「すいません。ミャウがみんなに捕まっちゃって、少し遅れちゃいました」
「いいい、いえ! わ、わざわざ来てくれて、ありがとうございます!」
目を泳がせ、こっちを中々見ようとしなかったアイリスさんが、急に勢いよく頭を下げる。
っていうか、折角ここまで着飾っているのに、この反応はちょっと勿体ないんだけど、こればかりは俺がどうこういうべき話じゃないかな。
「いえ。えっと、ちなみに今日は、部屋でモデルになればいいのかな?」
「は、はい! ど、どうぞ、よろしくお願いします!」
「えっと、こっちこそ。な、ミャウ」
「ミャーウ!」
相変わらず挙動不審な感じは否めない。
だけど、俺はその態度に呆れたりしないよう心がけながら、彼女に案内されるがまま、ミャウと共に部屋にお邪魔した。




