第六話:学んできた剣
「えっと、この後の走り込みもやりますか?」
時間となり、じっと構えたままの鍛錬を終えた俺は、ミャウの下に集まっていたクラウディスさん姉妹にそう問いかけた。
こっちは全然動けるっていうか、日課の範囲だしウォーミングアップとしても物足りない。
とはいえ、流石に二人にこの先の地味な鍛錬を押し付けてもな。
クラウディスさんとミレイは、互いの顔色を伺うようにお互いを見る。
「……そうだね。今の私達では君に付いていくのは厳しそうだ。鍛錬は一旦ここまでとしよう」
「わかりました」
二人の意見は一致していたのか。
クラウディスさんの回答にミレイから否定の声は上がらない。
もしかすると姉の意見を優先したのかもしれないけど、走り込みをまた見てるだけになるのも勿体無いってのもあるのかもしれない。
「参考までに聞きたいんだが、走り込みに特殊な動きは取り入れているのかい?」
「あー。前半は一定速度で走るだけなのでそれほど。後半のはちょっと特殊かもしれませんね」
「そちらだけ、軽く見せてもらってもいいかい?」
「はい。わかりました」
クラウディスさんの申し出に頷いた俺は、一訓練場を見渡す。
……目印になる物……あの的でいいか。
俺は剣を地面に刺すと、矢を打ち込む的の反対側、大体二十メートルくらいの所に足で土に線を引くと、今度は的の側に移動して同じように線を引いた。
「今引いた二本の線の間を連続で走るんですが、線まで走って行ったら、その線に手で触れて反対に走るんです」
「つまり、往復を繰り返すって事かい?」
「はい。軽くやってみますね」
俺は線の端に足を掛け、低い体勢を取ると、一気に反対の線に走り出す。
けど、反対で止まる必要もあるからっと!
途中で半身で滑るようにして線の手前で止まり、伸ばした手で線に触れると、切り返して走り出し、同じ事を何度も繰り返した。
シャトルランっぽいけど、あれはこんなに滑らないし、足で線に触れればいいだけ。
だけどこれはそこに、素早く身体を動かし切り返す動きも取り入れている。
これも最初は本当に辛かったっけなぁ。
リズム良く二、三度その動きを繰り返し見せた後、俺は動きを止め背筋を伸ばすと、大きく深呼吸をしながら、剣を刺した場所に戻る。
「とまあ、こんな感じです」
「こんなのを十五分もやんのか!?」
「はい。鍛錬ですから」
開いた口が塞がらないイリアさん。
クラウディスさんとミレイも目を丸くしている。
「まあ、さっきのと同様、慣れるまでは無理せずできる範囲で。また、それぞれの合間に休憩を入れると良いですよ」
「そ、そうか。ありがとう」
苦笑している所を見ると、流石にこれはやらなそうかな。
だから人に勧めたくないんだけど。
「リュ、リュウト殿。鍛錬も良いのですが、剣の稽古も付けていただけませんか?」
耐えきれなくなったミレイが、思わずそんな要望を口にする。
確かにここまでの鍛錬が地味過ぎだったし、剣を振りたくなる気持ちもわかる。
「えっと、稽古もまた地味ですよ?」
「ですが、剣は振るえるのですよね!?」
「まあ、一応?」
「一応、ですか?」
うん。一応。
多分、満足させるなら普通に手合わせした方がいいかもしれないんだけど、それだと身につきにくい技術だからな。
それに、これも嫌なら俺に教わろうとしなくなるだろ。
「そ、それでも構いません! 是非!」
「わかりました。じゃあ、ミレイは俺の前に立ってもらっていい? 互いの剣を振るった時、互いの刀身が触れるくらいで」
「は、はい!」
剣が使えるというだけで、俄然やる気になったミレイが小走りで俺の前に立つ。
それだけ剣が好きって事なのかな。
「これでいいですか?」
「うん、これから俺がゆっくり縦斬りと横薙ぎを繰り返すから、ミレイも同じ速さで剣を振ってもらって、俺達の正面で剣が当たる寸前で止めてもらっていいかな?」
「え? 止めるんですか?」
「そう。俺も勿論剣を止めるから、合わせて寸止めして欲しい」
「は、はい」
首を傾げるミレイだけど、俺が両刃剣を構えると、真剣な顔で長剣を構えた。
俺はまず、まるでスローモーションのように剣を振り、上半身を斬る軌道の横薙ぎをし、彼女の身体の前でピタッと止めた。
合わせてゆっくり剣を振ったミレイ。
少し動きが早いけど、それでも俺の剣に刃が触れる前に、自分の剣を止める。
「こんな感じでしょうか?」
「うん。これを繰り返すんだけど、振りは少しずつ早くしていくから、剣を振る速さは出来る限り合わせてくれる?」
「は、はい!」
流石に剣を手にしての稽古。今まで以上に表情は真剣。
しっかりとした返事の通り、縦振り、横振りを繰り返す俺の剣の速さに合わせて剣を振るい、剣先が当たる前に止める。
剣の振る音もなく、剣が当たる音もしない静かな時間の中、何度かの動きの後。
キンッ
振りがそれなりに早くなってきた時、彼女の剣が俺の剣に触れる音がして、ミレイがしまったという顔をする。
「す、すいません!」
「大丈夫だよ。今日はそこまでしないけど、今の速さで手元が狂うようであれば、この速さを繰り返して、百回やって百回触れないようになるといいと思う」
「リュウト君。確かに寸止めもよいが、何故しっかり弾かせないんだい?」
ここまでの一部始終を見ていたクラウディスさんの疑問の声。
そういや、俺も昔、父さんに同じ質問をしたっけ。
ちょっと懐かしい気持ちになりながら、俺は彼女に当時の父さんと同じ答えを返す事にした。
「剣を強く振るうのは、誰でもできるからですかね」
「は? 誰にでもできる!?」
「はい。強く振る強度は違いますけど、武器を手にし、勢いよく振り下ろしたり払ったりするのは、それほど難しい話じゃないんですよ」
「だが、戦いでは全力で当たらなければならない事もあるだろう?」
「はい。だからそれは、互いに手合わせする際に鍛えていきます。でも、この段階では止める技術を身に着けてほしいんです」
「な、何故ですか? 教えて下さい!」
三姉妹に順に疑問をぶつけられた俺は、顎に手を当て少し考える。
口で言うのは簡単。でも、こういうのは見せちゃったほうが早いかな?
「じゃあ、ミレイ。さっきより早く剣を振るんで、それを弾いてもらっていい?」
「は、はい!」
剣を構え直し、こっちの動きを待つミレイに、俺もしっかり剣を構える。
さっきクラウディスさんと稽古していた時の動きからすると、これくらいなら見えるかな?
俺は頭に思い描く速さで、彼女に向け横薙ぎを放つ。
迷うことなく、鋭い剣撃でしっかり軌道を合わせてきたミレイに対し、俺はその剣先が触れそうになる直前、剣の軌道を変え、くいっと斬り上げるように剣を振り上げる。
「えっ!?」
俺の剣先があった場所を、風を切る音だけ残し通り過ぎる彼女の剣。
残された空間を、俺の剣が縦に引き裂くように振り下ろし、予定通りそれは空を切った。
「はっ!? お前、自分で弾けって言っておいて避けるって──」
「はい。俺は剣を弾けと言いました。でも、ミレイは今それができなかった。これが、俺の答えです」
俺の言葉に、納得のいかない顔をするイリアさん。
ミレイもまた同じ気持ちなのか。姉妹揃って同じ顔をしている。
「……全力で振ってばかりでは、反応できない、という事かい?」
唯一、そんな答えを口にしたのは、神妙な顔のクラウディスさん。
まあ、いい所を突いてると思う。
「そういう面もあります。が、正しくは、それだけ剣を操れていないという事でしょうか」
「剣を、操れていない……」
言葉を復唱したミレイに、俺は頷き言葉を続ける。
「実戦において、相手が振るうのは素直な剣だけではないですし、そうでなくても自身がどれだけ早く、鋭く剣を止められるかは、次の剣撃の速さに直結します。それに対応するためには、全力で剣を振る技術じゃなく、全力で剣を自在に操る技術がいるんです」
「つまり、どんな時でも相手の剣に付いていき、相手より速く剣を振るうために、止める技術もいる、という事だね」
「クラウディスさんの仰るとおりです。今の稽古で止める技術を学び、手合わせの中でより鋭く振るいながらも、相手の剣に合わせて軌道を変え、より素早く多くの手を繰り出せるようにする。俺は父さんにそう学んできたからこそ、この間の狼人とも何とか戦えたと思っています」
そこまでしっかりと説明すると、クラウディスさんもイリアさんも、流石に納得した顔をする。
そしてミレイは──。
「や、やはりリュウト殿は素晴らしいです!」
と、突然目をキラキラさせてきた。
「あ、いや。素晴らしいかはわからないけど──」
「いえ! 今のお言葉を聞けば、どれだけ強くあろうと努力されたかも、だからこそ鍛錬を怠らなかったのかもわかります! リュウト殿! どうかこれからも、私に剣の指南をお願いいできませんか?」
……え?
「これからも?」
「はい! 是非これからも、私に剣を教えて下さい!」
「は? いや、俺も一応休みの日は、少しゆっくりしたいんだけど……」
「でしたらリュウト殿がお目覚めになった後でも構いません! 是非色々ご教示下さい!」
「私からも是非お願いしたい。私達もより強くなりたいんだ」
ミレイを後押しするかのように、歩み寄ってきた笑顔のクラウディスさん。
といってもなぁ……。
「うーん……」
「ったく。いいだろ? 姉貴もミレイも頭下げてんだしよー」
俺が困りながら回答を濁していると、ミャウから離れたイリアさんまでやってきた。
何かもう、迫ってくる時の目つきがもう怖い。
不機嫌そうな顔。まるで不良のようなプレッシャーのせいで、俺の背筋に冷たいものが走る。
思わず助けを求めるようにデルタさんを見ると。
「備品や場所なら、好きに使っても構わないよ」
と、何時ものように優しい顔で、最後通告をしてきた。
……逃げ場なし。
まあ、彼女達に場所を貸してるくらいだし、あっちに協力的になるのも最も。
こうなったら、自分のための鍛錬の為って、割り切るしかないか。
「はぁ……。わかりましたよ」
俺の言葉に、クラウディスさんとミレイは互いの顔を見て笑顔になり、イリアさんはひとり、ふんっと腕を組みそっぽを向く。
そんな三人を見ながら、俺は内心がっくりしながらも、それを必死にごまかし笑顔を見せたんだ。




