第二話:ハプニングだらけ
どうしていいのかわからない俺は、動くことも口を開くこともできずにぽかーんとしていた。
それはエスティナも一緒……だと思っていたんだけど。
「え、えっと。アイリス。もしかして……私、お邪魔、かな?」
俺と同じ気持ちになっていたのか。
おずおずとそう問いかけた彼女の言葉に、アイリスさんははっとすると、慌てふためき両手を振った。
「ああああ、あのっ! ち、違うんです! そ、その! こ、告白とかじゃなくって、あの! その!」
顔を真っ赤にして全否定するアイリスさん。
……って事は、それは勘違いって事でいいのか?
でも、じゃあ付き合うって一体!?
どういう事? と言わんばかりに、俺とエスティナがまた無言で顔を見合わせた瞬間。
「ミャウ! ミャーウ!」
という焦ったようなミャウの声と共に、
「きゃっ!」
エスティナが突然、勢いよく俺の胸に飛び込んできた。
って、何で!?
慌てて彼女を両手で支えようとした俺は──。
「うわっ!!」
思った以上に勢いのあった彼女の身体と、足下の泡のせいで踏ん張りが利かず、そのまますってーん! っと後ろに倒れた。
いってぇっ!
背中に走った激痛と同時に、俺はエスティナを抱え尻もちを突いた状態のまま、くるくる回りながら勢いよく滑り出す。
「うわわわっ!」
「キャァァァァッ!」
突然、目の前の景色が目まぐるしく回転し、流石に目が回りそうになる。
だけど、それを許さないと言わんばかりに、
ドンッ!
「いってぇっ!」
背中を壁に叩きつけられた俺は、改めて感じた痛みに思わず顔を歪めた。
「え、エスティ! リュウトさん!」
離れた場所から聞こえた、悲鳴に似たアイリスさんの呼びかけ。
顔を顰めたままそっちを見ようとしたら、なんか泡の量が増えすぎてて、その姿すら確認できない。
って、ミャウ達ここまで酷くしてるのかよ! もう掃除ってレベルじゃないぞ!?
「だ、大丈夫!」
アイリスさんに無事を伝えようと、俺が声を張り上げる。
これで安心してくれればいいけど……って、エスティナは!?
はっとして自分の身体を見ると、そこには俺の胸に身体を預け、顔を見上げているエスティナがいた。
彼女は顔を真っ赤にしながら、ぼんやりとこっちを見てる……って。こ、これ、近すぎじゃないか?
彼女の銀髪から漂う、ほのかな花のような香り。
潤んだ瞳も、柔らかなそうな唇も、もう目と鼻の先にあって、彼女の息遣いまではっきりと感じられる。
しかも俺、必死に支えようとしたから、彼女を抱きしめてて……や、やばい。何か変に緊張してきた。
「リュ、リュウト……」
ぽつりと俺の名前を囁かれたせいで、一気に胸がバクバク言い出し。顔が火照っていくのが自分でもわかる。
って、ダ、ダメだろ! エスティナには好きな子がいるんだから!
「エ、エスティナ。け、怪我はない?」
「え……あっ!」
緊張しながら、抱きしめていた身体を解放してやると、はっとしたエスティナが、慌てて俺の身体から退いて俺に背を向け正座したんだけど……めっちゃ離れるのはやっ!
も、もしかして、そんなに抱きしめられてるのが嫌だったんだろうか?
内心そんな不安が大きくなったけど、それをかき消すかのように。
「ごごご、ごめんね! リュ、リュウトのお陰で怪我もないし。その、だ、大丈夫だから!」
「そ、そっか。なら、良かった」
彼女は必死にそう弁明してくれた。
でも、ちょっと動揺してる感じがする。やっぱり……いや、疑うのは止めよう。ここはちゃんとエスティナを信じないと。
「リュ、リュウトは、その、怪我はない?」
「え? あ、う、うん。ぶつかった時に痛みはあったけど、今はもう痛くないから」
「良かった。ごめんね。私、その、重かったでしょ?」
……へ? 重かった?
あれが重いとしたら、一体何が軽いんだってくらい、俺は全然重さを感じなかった。けど……。
予想外の言葉に、俺は彼女を抱きしめていた感覚を思い出してしまい、ドキドキが止まらなくなる
そんなのまで心配してるとか。やっぱり、エスティナって可愛すぎるって……。
「あ、いや。全然。気にしなくて大丈夫だよ」
平然を装いつつ、俺は必死に大きく深呼吸をして何とか気持ちを落ち着けると立ち上がる。
ほんと。怪我がなかったのは良かったけど、この泡は一体どうするんだよ……。
頭をガリガリと掻きながら、この後の大変さに困った顔をしていると。
「こら! ミャウちゃん! リナちゃん! ラナちゃん!」
正座したまま、強く咎めるようなエスティナの叫びが、大浴場に木霊したんだ。
§ § § § §
「まったく! こんなのお手伝いじゃないでしょ!」
「ミャーウ……」
「ご、ごめんなさいです……」
「ごめんなさい」
更衣室の方から聞こえる、エスティナの怒り声。
それを聞きながら、俺はアイリスさんと大浴場の泡の処理を行っていた。
勿論これは時間が勿体無いというのもあるし、アイリスさんが門限を破っている以上、その名目を作る意味もあったけど。
──「アイリスの話、聞いてあげてもらえる?」
っていう、エスティナの優しい気遣いもあった。
とりあえず今日の門番をしていたサラさんに事の次第をマナードさん伝えてもらい、俺は食堂にあった白いモルットを借りそれで泡消しを。アイリスさんは初級魔術のひとつ、噴水を使い、両手から放水するように水を出し、泡を洗い流していく。
「ミャウのせいで、お手伝いさせちゃってすいません」
「い、いえ! わ、私も、急に押しかけて、ご迷惑を、お掛けしてますから……」
俺の言葉に、未だ緊張した声で返事をするアイリスさん。
ここまで見てきた彼女は多分、人見知りで話なんかも苦手。
そういう意味だと、こうやって話しかけるのはよくないのかもしれない。
でも、彼女は俺に用事があって来たっていうか、付き合って欲しいって言ってきたよね?
でも、告白じゃない。という事は、何に付き合えばいいんだろう?
ええっと……あ、もしかして。
「アイリスさん」
「は、はい」
「さっきの、付き合って欲しいって話だけど──」
「は、はひっ!」
「ぶばばばっ!」
突然驚きの奇声と共に、露骨に動揺したアイリスさんが手元を狂わせ、俺の顔面に水がぶちまけられる。
「あわわわわっ! ごごご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
流石にすぐ水は止まったものの、俺は頭っからびしょびしょ。
目の前では、必死にぺこぺこ謝り倒すアイリスさん。
……今日は厄日なのか?
そんな気持ちになりながらも、俺はそんな悲しいくらいのを吐き捨てるべく、その場で大きく息を吐いたんだ。




